祇園祭現地案内 山鉾巡行観覧 ご報告

暑中お見舞い申し上げます。

いよいよ夏本番、皆さまにはいかがおすごしでしょうか。

京都・清遊の会では「祇園祭宵山現地案内」「山鉾巡行観覧」を行いました。その模様をご紹介いたします。

宵山の16日午前には、堤勇二講師による「祇園祭の楽しみ方」の講座がJEUGIAカルチャー京都で、午後からは同講師による現地案内が行われました。
CIMG7179.jpeg


堤講師は、たった二時間で千年の歴史を持つ祇園祭を語ることはできません、とおっしゃりながらも、八坂神社の御祭神の話、祇園祭の神事と山鉾町の行事、画像を使っての山鉾の紹介などなど、わかりやすく面白く語られました。
CIMG7175.jpeg
いつもながら堤講師の深い知識に脱帽です。特に神功皇后や安曇磯良など船鉾のご神体にまつわる話はもっと聞きたかった…。

午後は山鉾めぐり。長刀鉾の向かい側から出発です。
CIMG7185.jpeg
函谷鉾、菊水鉾と回りました。

菊水鉾─カンカン照りの青空に鉾頭や天王人形が映えます。

CIMG7203.jpeg

上から小屋根、そして右手に柄杓・左手に盃を持つ天王人形─彭祖(ほうそ)か菊慈童か? 
その下は菊の紋付幕を垂らし菊の枝を立てた天王台。


池坊会館では大船鉾の画が掛かる広間の前で、次に訪ねる月鉾の説明を聴きました。


CIMG7223.jpeg
月鉾の彫刻、絵画、懸想品、どれも素晴らしかったです!

CIMG7226.jpeg



放下鉾へ。放下鉾は檜扇形の榊が特徴です。

CIMG7233.jpeg

小結棚町の町会所に上がって見学しました。
稚児人形の三光丸(さんこうまる)君は気品のあるお顔をしていらっしゃいます。

CIMG7241.jpeg

「三光丸」は久邇宮多嘉王の命名になり、京都を代表する人形店、丸平大木の名作。

巡行の際には三人の人形師が付き、稚児舞いを演じます。


さて、山鉾町の中にあって祇園祭の山や鉾を出さない町…菅大臣町にやってきました。
ここには菅大臣社があります。

菅原道真の父、是善(これよし)の住まいであったところと伝わります。

なるほど!  天神様への信仰があるところですもんね。菅大臣社を通り抜けて行きます。
CIMG7256.jpeg

岩戸山に来ました。岩戸山は「国生み」と「天岩戸伝説」の二つを主題にしています。

CIMG7263.jpeg
ご神体のうちの天照大神はなんと男性像なんですね!  なぜでしょうね?

CIMG7268.jpeg
鉾の形に似ていますが、岩戸山は曳山で、北、南の観音山に先がけて最初に曳山としたものです。


新町通りでは一番南に位置し、この岩戸山の上からは北に向かって並ぶ山鉾を眺めることができます。

白楽天山を回り、そして最後の鶏鉾に着くころにはもう夕方となり、宵山も凄い人の波となっていました。

 


猛暑のなかの山鉾めぐりでしたが、大勢の方がご参加下さり、無事に終えることができました。


堤先生には復帰後初めての現地案内をしていただき、本当にお疲れ様でした。


17日は、JEUGIAカルチャー京都8階から山鉾巡行を観覧しました。
これ.jpeg

中川のご案内でしたが、皆さまは前日の座学、現地案内に参加された方も多く、それを踏まえて熱心に見学されていました。
P1060696 - コピー.jpeg


いつもはここはヨガやダンスなどに使われているお部屋ですが、ベランダからは四条通りの寺町から河原町までを眺めることができます。
高いところのお好きな方ばかりが見学かと思いきや、くだんの先生もお越しになりました。
しかしベランダからでなく、室内から望遠で撮影されていましたよ。(笑)


鉾頭や天王人形が目の前を通るのですから、驚きです。

写真は長刀鉾の辻回しの様子です。壮観な眺めです!

CIMG7304.JPG

蟷螂山のかまきりが羽を広げる様子もまた一興。

CIMG7311.jpeg


約三時間、山鉾巡行を堪能させていただきました。


ことしは暑さも一番でしたが、青空のもと山鉾のお飾りが映え、宵山や巡行を見学するには素晴らしい日和でした。

ご参加くださたった皆様、どうもありがとうございました。
以上簡単ですが、祇園祭案内のご報告とさせていただきます。


「清盛と芸能」講座ご報告

初夏を思わせる陽気となった55日、京都アスニ―において、とっておき講座「清盛と芸能の世界」を催しました。

今日は、現代の白拍子(井上由理子講師)による芸能、
堤講師による「十二世紀という時代と梁塵秘抄」のお話、
さらに井上講師に、皆さんから、あるいは堤講師から質問をしていただくコーナーの三部構成です。
001 _R.jpeg


いよいよ始まりました。

002 _R.jpeg

衣ずれの音がして─

烏帽子に水干、緋の長袴、白鞘巻の太刀をはいた白拍子の姿。


まずは、琵琶・四絃の演奏「祇王」

003_R.jpeg

つづいて、白拍子 語り 『平家物語』より「祇王の事」
琵琶の音、白拍子の語る声に引きこまれてゆく世界。

張りつめた空気とあいまっての心地よさ。



白拍子舞「祇王」

005_R.jpeg


P1000520_R.jpeg
美しく、哀しく、清澄な舞。

P1000534_R.jpeg


皆さん、どのように感じられたのでしょうか。

P1000537_R.jpeg


P1000553_R.jpeg
終わって思わずため息がでました。
休憩して一息入れ、
堤講師の講義が始まりました。

CIMG4451_R.jpeg


白拍子、傀儡(くぐつ)、歩き巫女などのいた時代、特に12世紀に焦点をあて、白河、鳥羽、後白河法皇の治世が日本の歴史上どのような時代であったのか、また当時の芸術や今様について画像も駆使しお話していただきました。
008 久能寺経 薬草喩品の見返し絵 個人蔵.jpeg
                     久能寺経
011 信貴山縁起絵巻 信貴山縁起 山崎長者の巻(部分).jpeg
                   信貴山縁起絵巻
010 平家納経.jpeg
      平家納経 見返し絵
さらに、「梁塵秘抄」に収録されている歌─法文歌(ほうもんのうた)や神歌(かみうた)などを紹介いただき、言葉の創り出す世界観について、堤講師独自の解釈からは学ぶことが沢山ありました。


最後には井上講師に再登場いただきました。

CIMG4461_R.jpeg


社寺での奉納の様子や、桜の木の下で、あるいは琵琶湖畔の葦の群生しているなかで舞う姿など貴重な画像も見せていただき、熱心な皆さんからはさまざま質問が寄せられました。


自然と神と仏と白拍子─。

室町中期にはもう途絶えてしまったという芸能を、ときには風を神と感じ、ときには自然の生命力を借りるごとく戯れ舞い、求める姿。


先ほど私たちが目にした姿が重なります。

P1000551_R.jpeg


──戯れせんとや生まれけむ…。


歴史の中で変容してゆく芸能のすがたをたどりつつも、そのうちに秘めて深遠な世界のあることを教えていただいた一日でした。
                       

CIMG4477_R.jpeg

          
  深泥池のかきつばた  
水辺に舞う白拍子を連想して


 







和菓子の会 ご報告

422日、井上由理子講師による和菓子の会「芸能と和菓子」を催しました。

001.jpeg
まずは春の踊りの季節によせて、「都をどり」を始め、京都の五花街の踊りと、その折に出される花街ごとの「じょうよ饅頭」の意匠を。

002.jpeg
そして、今日の本題、狂言にでてくるお菓子。
「菓争(このみあらそい)」や「業平餅」「附子(ぶす)」といった狂言やそこに出てくるお菓子を紹介していただき、
その成り立ちやその時代の菓子について学びました。
古典芸能に精通しておられる井上先生ならではのお話です。

芸能とお菓子の歴史には密接な関係があるのですね!
そして当時をしのばせるお菓子を実際に試食。

「醒井餅(さめがいもち)」は米どころ近江の水と米が成せるわざ。
美味しいかき餅です。ぱりぱりという食感、こうばしさが口いっぱいに広がります。

003.jpeg


菊水飴は水あめ。
004.jpeg

醍醐寺三宝院門跡から菊の御紋の暖簾と和歌を賜り、菊水飴と称した由緒があります。

005.jpeg
砂糖を使わない製法。やさしいお味です。
006.jpeg
 


さて、いよいよこの時期の和菓子をご紹介いただきました。

007.jpeg


この時期は弥生の「菜の花」、
007-1-1 .jpeg
そして「桜」のさまざま、
007-4 .jpeg
               しだれ桜
007-1花筏.jpeg
                 花筏
007-2花月夜.jpeg
                花月夜
007-3 .jpeg
                春の水
007-3-1 .jpeg
                 春水
「若葉」や下の「新芽の香」といった新緑の頃の菓子、
015新芽の香.jpeg
また、「藤浪」や「胡蝶」、「岩根のつつじ」など春の盛りへと向かう意匠が揃うそうです。

008.jpeg


013野花.jpeg

                                 野花
さて、井上先生のお話の後は、今日の花街のお菓子をふまえて、和菓子プチ体験コーナーを試みました。

じょうよ饅頭をヒントに、ご参加の皆さんに、三種類の食紅と木の芽を使い、それぞれのお菓子を作り上げていただきました。

さて、構想は?
 

皆さん、どんなデザインにしようか迷われるかと思いきや、すぐに取りかかられました。
集中力すごいです。熱心!

016 .jpeg



好みの色をつくり、配色を考え、黒文字や爪楊枝などで思い思いに、自由な筆運び。
016-2 .jpeg


016-3 .jpeg

019 .jpeg

 
銘をつけて完成です。
020 .jpeg



前日の「上賀茂神社」講座から着想されたのでしょうか。
020-1-2 .jpeg


銘もさまざまに─
020-1-3 .jpeg
020-2  .jpeg
蛸…法華経の功徳あり。
020-2 .jpeg

季節を感じて─
021 .jpeg
022 .jpeg
023 .jpeg

026.jpeg


皆さんの思い描く春の景色。好きな草花。

027 .jpeg

028 .jpeg

030 .jpeg
031 .jpeg

P1000265.jpeg
春のイメージが映されて…。
皆さんの感性、素晴らしいですね!

全部をご紹介できないのが残念です。


この体験コーナー、じつは想像以上に盛り上がりました!


いよいよ最後は堤講師の小咄です。
和菓子は手のひらに載る小さな世界ですが、きょうのお話は「日本の尺度」について。
CIMG4388.jpeg

一尺、一合、一石、一反、一貫、一尋…の語源を皆さんに伝授。
日本の寸法は身体尺といって人の体が基本になってできているのだそうです。
なるほど! 聞いたら人に話したくなる話。


井上、堤両先生と皆さんの楽しい時間はあっという間に過ぎ、和菓子の会は
無事お開きとなりました。


京都・清遊の会は、皆さまと講座や現地で学び、時には参加し体験する、そんな会でありたいと願っています。
皆さまのご参加を心よりお待ちしております。

P1000868.jpeg

ご報告

本日318日、京都北文化会館にて、堤勇二講師が京都世界遺産講座を再開、正規の講座としては約9か月ぶりに復帰を果たされました!
CIMG3471.jpeg
昨年625日の京都、73日の東京での「祇園祭」講座以来になりますが、長期にわたるブランクを感じさせない熱弁、京都では第二期シリーズの一回目「醍醐寺」について、約三時間にわたる充実の講義を聴くことができました。
さすがに世界遺産講座、しかも醍醐寺という、その歴史をはじめ、仏像、建物、庭園などすべてにおいて学ぶべきことのあまりにも多くの内容を、堤講師は画像を駆使し、丁寧に解説され、受講のみなさんは熱心に耳を傾けられていました。
CIMG3481.jpeg
CIMG3483.jpeg
CIMG3482.jpeg
いつも感じることですが、堤講師から歴史や文化につて学ぶとき、その知識のみならず、先生が学んでこられたその精神性についても教えられることが多々あります。
神や仏に向かうときの心の有り様とでもいうのでしょうか。

CIMG3473.jpeg 

堤先生へ
京都・清遊の会のみなさまにとりまして、今日の先生の復帰を皮切りに、これからまた先生の京都学を学ぶことができますことは大いなる喜びとなります。
これからも本当に楽しみにしております。
お体に気をつけられながら、深く楽しい講義をよろしくお願いいたします。

堤先生の復帰を祝して!  
                 早春の景
CIMG3436.jpeg
              東福寺境内にて
CIMG3292.jpeg
            蓮光寺「駒止め地蔵」の桜

節分ご案内 報告

23日、節分案内を行いました。
雪が舞う底冷えの前日とはうってかわり、すっきり晴れて暖かい日になりました。

聖護院で集合し、まずは須賀神社へ。
この聖護院から吉田神社辺りにかけてはたくさんの人で賑わっています。
 CIMG2649_R.jpeg
須賀神社では今はもう有名になった烏帽子に水干姿の「懸想文(けそうぶみ)売り」
CIMG2641_R.JPG
梅の枝に懸想文を結んでいます。
 
本殿にお参りします。
右が須賀神社。左は交通神社です。
 
CIMG2576.JPG
須賀神社は、鳥羽上皇の中宮・美福門院得子の御願寺、歓喜光院の鎮守社として創祀され、
東天王社にたいして西天王社と称した歴史があり、須佐之男命、櫛稲田比売命が祀られています。
そして昭和39年に須賀神社から分祀し、創祀されたのが、左の交通神社。
久那斗神(くなどのかみ)、八衢比古神(やちまたひこのかみ)、八衢比売神(やちまたひめのかみ)の御祭神は道が八つにわかれる衢(ちまた)の神で交通の要衝を守るとされます。

堤先生に昨秋の講座で教わったとおり、今年は、『古事記』が成立して
1300年とのことから、この三座のお話をさせていただきました。

もともと当社は旧聖護院村の産土神(うぶすながみ)。
毎年510日に行われていた「角豆祭り(ささげまつり)」は、角豆に多くのさや豆が生まれるごとく子孫繁栄を願っての祭りでしたが、今は節分の「懸想文売り」にとってかわりました。

長い時間を経て、土地の産土神を祀る神社から、季節を司る祭りや、祭神を分祀し本来の祭神を祀る神社への移行には、現代に適った役目を負う決意が表れているといえます。


懸想文売りが覆面をしているわけを聴いたり、懸想文は鏡台や箪笥にしまっておくと美人になるとか良縁がくると聞きました…。
CIMG2645_R.JPG
数年前から売られているという須賀多餅もおいしそうです…。

CIMG2646_R.JPG

CIMG2722.jpeg
求肥にくるまれた柚子風味と梅風味
そしてこの木が角豆(ささげ)の木です。
 CIMG2575_R.JPG
さて須賀神社を出てお辰稲荷へ。
お辰稲荷神社は、江戸時代、東山天皇の女御・新崇賢門院(しんすうけんもんいん)の霊夢によって創祀された神社。
CIMG2647_R.JPG
宇賀御魂神(うかのみたまのかみ)、猿田彦神、天宇受売神を御祭神としています。
琴の上手なお辰狐を祀るといわれ、江戸庶民の信仰を集めたお社。

CIMG2588_R.JPG
 
さて、歩道橋を上り、丸太町通りをわたりました。
(誰かさんなら上れなかったでしょう。でも全然怖くないですよね!)



気持ちいいですね。前方は東山の山並み。右手の塀は平安神宮。
ちょうど、美福門院の歓喜光院があった辺りでしょうか。

丸太町通を南に折れ、岡崎道へ。

岡崎道西北の交差点には小沢蘆庵(江戸時代中期の歌人)旧宅で、また蒲生君平(江戸時代後期の儒学者。寛政の三奇人のひとり)の旧宅でもあった碑が建っています。
CIMG2591_R.JPG

岡崎道から平安神宮の塀に沿って西へ。
CIMG2594.JPG
向こう側中央に見えているのは京都市美術館。
手前のグラウンドは鳥羽天皇の御願寺、最勝寺の跡。そして美術館の辺りは鳥羽天皇中宮・待賢門院璋子の御願になる円勝寺があったところ。

平安時代末、この辺り一帯は、正確には北白河と呼ばれていました。
白川をはさんで南側は南白河と言ったのだそうです。
北白河は貴族が住み、六波羅を中心とした南白河は武士が住んだところであったそうです。
さて、平安神宮に着きました。
CIMG2600.JPG
ここで平安朝当時の「追儺式」が再現され、「大儺の儀」が執り行われます。

碧の瓦や社殿の朱色が鮮やかです。
 CIMG2605_R.JPG


いよいよ大儺の儀(だいなのぎ)が始まります。


東の方から上卿(しょうけい)・殿上人(でじょうびと)が童(わらわ)をしたがえて入場し、五位・七位の儺人(なびと)が続きます。
西の方からは、陰陽師(おんみょうじ)が6人の斎郎(さいろう)をひきいて入場しました。
CIMG2657_R.JPG
儀式をつかさどる陰陽師が独特の歩き方で版の前に進み、祭文(さいもん)を奏上。
 CIMG2667_R.JPG

文の途中で黄金4つ目の面をつけた大舎人(おおとねり)の方相氏(ほうそうし)がシンシ(子どもの所役)8人をひきいて入場。 

CIMG2688.jpeg

上卿が中央に進み、北東と北西に向かい桃の弓で葦の矢を射ます。
CIMG2676_R.JPG

殿上人が同様に桃の杖で、北東・南東・南西・北西と四方を撃ちます。

CIMG2678_R.JPG
方相氏は常人の倍の眼力で睨み、矛と盾を打ち鳴らし「鬼やらう」と発声しながら、斎場の周囲を3度廻ります。
CIMG2690_R.JPG
CIMG2693.JPG
後にはシンシと儺人(なびと)が「鬼やらう」と発声しながら続きます。
応天門でも同じ儀式が行われました。
 
つぎは鬼の舞です。

大蔵流、茂山社中扮する邪鬼たちが応天門より侵入してきました。


CIMG2695_R.JPG
境内をわが物顔で暴れます。
CIMG2698_R.JPG
CIMG2697_R.JPG
CIMG2704_R.JPG
大極殿まで占拠したようです。
ここで得意げに舞を舞っていますが…。
やがて市民代表の撒く打豆によって退散!


CIMG2708_R.JPG
そのあとは楽しい豆撒きが始まりました。
CIMG2710_R.JPG
みなさん、たくさんキャッチできたようです。
 
さて平安神宮を後にして─。
いつもは観光バスの駐車場ゆえ、バスに隠れてみなさんあまりご存じないですが…

京都守護職屋敷の門
にきました。

現在の京都府庁付近にあった京都守護職屋敷の門の一つを
明治32年(1899)前後に現在地の旧武徳殿前に移した立派な門です。
CIMG2618_R.JPG

CIMG2617_R.JPG
旧武道専門学校最後の校長であった鈴鹿野風呂の句碑
「風薫る左文右武の学舎跡」

旧武徳殿は、桓武天皇が武技を奨励するために東西に置いた武徳殿に由来しています。

CIMG2393_R.JPG
いまは北側に武道センターが建っています。

CIMG2638_R.JPG
ちなみに京都府庁の敷地内には幕末におかれた京都守護職屋敷跡の碑が建っています。


CIMG2628_R.JPG
CIMG2626_R.JPG
               京都府庁 上京区下立売通り釜座
疏水を西側にわたり、京漆器の老舗、象彦へ。

まずは代々伝わる雛人形や、それに付随する見事なミニチュアのお道具の数々を見学。豆粒ほどのお道具が実に精巧にできていました。

展示場では、漆の木地の薄さに驚いたり、塗りの種類を教えてもらったり、漆の意外な性質に耳を傾けました。日本古来のものですが、知らないことばかりです。
圧巻は蒔絵の筆の秘密でしたね! 

CIMG2721_R.JPG
あっというまに時間が過ぎ、節分案内は解散とさせていただきました。
節分を越えると、まだまだ寒さは厳しくとも一歩ずつ春に向かいます。


春にはまた皆様とご一緒に町を歩いてみたいと思います。

その折にはどうぞよろしく!
京都・清遊の会では皆様のご参加を心よりお待ちしております!