清遊ブログ  磯良を訪ねて 安曇野への旅

早くも処暑となり、暦に暑の文字はなくなりますが…
皆様にはいかがおすごしでしょうか。


信州は安曇野にやってきました!

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龍神・安曇磯良(あづみのいそら)を訪ねて??

 


祇園祭は先月のことながらずいぶん日が経ったような気がしますが、
堤先生から山鉾のひとつ、船鉾のご神体人形のお話を聴いて以来、そのなかの安曇磯良のことが気になっていました。

 


祇園祭で船鉾の会所飾りは、龍神安曇磯良、鹿島明神、住吉明神、そして奥正面に神功皇后が飾られていました。

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前に座ると畏れおおいというか、独特の気配が感じられました。

 


そして山鉾巡行では、安曇磯良が皆を先導するかのように鉾の先頭に立っているのが見えました。
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龍神・安曇磯良とはいったい誰なのでしょうか?

そして4人のご神体はどのような関係なのでしょうか?

宵山講座、JYUGIAカルチャー京都の講座などでお話を聴かれた方もあると思いますが、すこし思い出してみましょう─

 


船鉾は神功皇后が三韓征伐に出かけてゆく出陣の船をあらわしています。

そのおり、神功皇后は無事に凱旋できるよう神々に祈願されました。
ですがただひとり安曇磯良は和布や貝殻のくっついた自分の姿を恥じて姿を見せません。
神功皇后は安曇磯良の持つ「あるもの」が無ければ出てゆくことができないので、安曇磯良を呼んでほしいと告げます。
そこで住吉明神が磯良の好きな楽を奏し安曇磯良を呼び出します。それが神楽歌「君が代(だい)」。
そして磯良は姿を現し神功皇后に二つの玉を捧げます。

「潮盈玉(しおみつたま)」と「潮干玉(しおひるたま)」といわれるもの。
海が荒れるときには「潮盈玉」を、凪いで風を起こしたいときには「潮干玉」を使って海水を自在に繰り、航海を安全に導くことができるのです。

まさに安曇磯良のご神体人形が手にしているものがそれです。

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そして神功皇后が神々を呼び出したのが、博多湾に浮かぶ志賀島。

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           海の中道からみた志賀島(穂高神社資料)

 

ここには志賀海(しかうみ)神社が祀られています。

ご祭神は、 底津綿津見神(ソコツワダツミノカミ)、仲津綿津見神(ナカツワダツミノカミ)、表津綿津見神(ウワツナカツミ)のワダツミ三神。


イザナギノミコトが黄泉の国から逃げ戻り、海に入って禊をしたときに生まれた六神のうちの三神。総称オオワダツミノカミ。


もうおわかりと思いますが、この御祭神のワダツミ三神…オオワダツミノカミが安曇磯良につながります。

安曇磯良とはオオワダツミノカミという説もあるのです。


「筑前国風土記」に神功皇后が三韓征伐の際に志賀島に立ち寄ったとの記述があり、安曇(阿曇)氏の祖神である安曇磯良が舵取りを務めたとされています。

神功皇后は無事に凱旋を果たし、帰国するという結末。


志賀海神社の別名は龍の都。宮司さんは代々安曇氏なのだそうです…。

また、ここには安曇磯良が乗ってやってきたのが亀ということで亀石が奉納されているそうです。
龍と亀は安曇族を知る重要な鍵となるようです。


安曇一族は海を渡って九州の地に上陸してきた一族。ほかに薩摩一族、隼人一族、津守一族などがいました。

安曇一族は志賀島を拠点としていましたが、そこからさまざまなルートをたどって全国へ渡ってゆきました。


海から上陸したのが渥美半島。そして安曇野を経て穂高に達し、ここに鎮まった一族を祀ったのが穂高神社というわけです。

安曇野という地名は安曇磯良と関わりがあったのですね!

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                      (穂高神社資料)

この図を見ると、こんなに安曇族が全国に広がっていったのかと驚きます。
安曇磯良、神功皇后、住吉明神のつながりがだいぶわかってきました。

残るは鹿島明神ですが、これには鹿島の神使いの鹿によって志賀海神社との関係が知られます。
志賀海神社には1万本もの鹿の角がその名も鹿角堂(ろっかくどう)に奉納されているのだそうです。
鹿の角が角が英語でアントラーだと聞きましたよね。鹿島アントラーズ。

また、志賀島といえば、「漢の倭の奴の国王」の金印が出土されたところとして知られています。

安曇(阿曇)は「アマツミ」つまり「海人津見」の転訛だそうで、「ツミ」は綿津見神と同じで、「住み」の意味であるとか。


さていよいよ穂高神社です─


JR
大糸線「穂高」駅のすぐ近くにこの穂高神社本宮があります。
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そして上高地には奥宮(おくみや)が、奥穂高山頂に嶺宮(みねみや)が祀られています。

 

社伝によれば─
太古、穂高岳に天降(あまくだ)ったと伝えられる穂高見命(ホダカミノミコト)は、海神・綿津見神の御子神(みこがみ)で、海神の宗族として遠く北九州に栄え、信濃の開発に功を樹てた安曇族の祖神(おやがみ)として、ここ穂高の里に本宮を、穂高岳山頂に嶺宮、そしてその麓の明神池の畔(ほとり)に奥宮が奉斎されているのだそうです。

鳥居をくぐり、
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神楽殿、拝殿、本殿。 りっぱな社殿です。
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拝殿の妻飾りはなんと亀です!
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龍神・安曇磯良が亀に乗ってやってきたという話を彷彿させます。

中殿に穂高見命、左殿に綿津見神(ワダツミノカミ)、右殿に瓊瓊杵神(ニニギノカミ)、
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別殿に天照大神(アマテラスオオミカミ)が祀られています。

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境内には摂社がたくさんあります。
神社にどんな神様が祀られているかは重要なことだと先生がおっしゃっていました。
見てゆきましょう─

 


向かって右から─鹿島社(武甕槌命・タケミカヅチノミコト)、八幡社(誉田別尊・ホンダワケノミコト)、秋葉社(軻遇突知命・カグツチノミコト)、疫(やく)神社(素戔嗚尊・スサノオノミコト)。

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そして若宮には安曇比羅夫命(アヅミヒラフノミコト)、相殿に信濃中将が祀られています。

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狛犬の顔がユーモラスです!

安曇比羅夫命は天智天皇の命を受けて百済の王・豊璋…
訓で読むとなんと「とよたま」!「豊玉姫」を連想するのは私だけでしょうか?)…を助け、白村江(はくそんこう)の戦いで戦死した安曇野の英雄。

信濃中将は御伽草子の「ものぐさ太郎」の伝説で知られています。

 


四神社には少彦名命(スクナヒコナノミコト)、八意思兼命(ヤオオモイカネノミコト)、蛭子神(ヒルコノカミ)、猿田比古命(サルタヒコノミコト)。


保食社(宇気母智神・ウケモチノカミ)、子安社(木花開耶姫比売命・コノハナサクヤヒメノミコト)、事比羅社(大物主神・オオモノヌシノカミ)、八坂社(素戔嗚尊)。

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天孫降臨から神武天皇へとつながる系譜にみられる重要な神々。
誉田別尊は応神天皇ともされます。

また、若宮に祀られている安曇比羅夫命は穂高神社のお祭り、御船祭りの起こりの一つと伝えられています。

 


境内の御船会館にはその御船祭りに関する展示がされていました。

これがその御船です。

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これは山幸彦(火遠理命・ホオリノミコト)が、兄の海幸彦(火照命・ホデリノミコト。火須勢命・ホスセリノミコトに比定されることもあります)から借りた釣り針をなくし、塩土翁(シオツチノオジ)の教えによって海へ行き、湯津杜樹(ゆつかつらのき。神聖な桂の木という意味だそう)に登ったところに、水を汲みに来た侍女の報せでオオワダツミノカミの娘、豊玉姫がやってきた二人の出会いの場面。

 


やがてこの龍宮に時を過ごし、山幸彦と豊玉姫との間にできたのが、ウガヤフキアへズノミコト。
そしてウガヤフキアへズノミコトと豊玉姫の妹の玉依姫(タマヨリヒメ)の間に生まれたのが神倭伊波礼琵古命(カムヤマトイワレヒコノミコト)、すなわち神武天皇とされています。

下は曳くことのできるように車輪がついています。
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他にも、日光泉小太郎の伝説─犀龍に乗り、太古は湖であった湖水を落とし、安曇野の平野をつくり上げた─をテーマにした船など。

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以下は御船祭りのビデオ映像からですので、お見づらいですが少しご紹介しましょう。

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船を作っているところ。大がかりですね。船上には毎年異なる人形を飾るのだそうです。

船はおとな船が二艘、子供船が三艘あり、囃子衆も乗る曳船。

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例大祭当日、町々を回り、
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境内に入ると神楽殿の周りを三周し、お布令神事(ふれしんじ)
が行われます。


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                             御布令の図

そして拝殿の前で船同士のぶつかり合いが演じられます。
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これがかなりな激突でちょっとびっくりするくらいです。


お囃子衆が乗ったり、終わると分解して格納するところなどは、祇園祭の山鉾と共通しています。

松本から大町にいたる神社の祭りにはこのような穂高神社に類した御船が出るそうで、秋たけなわの穂高神社のお祭りはそのハイライトです。

穂高のような山地に船のお祭りが伝承されているのは本当に驚きです!

海人の氏族、安曇族がこの地に達し、土着の民となった証しではないでしょうか。

 

もう夕方になり、静かな境内を回ってみました。

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                      若宮の後ろにあるご神木

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手水舎と龍。迫力です。

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安曇の銘水 清冽! 地下30メートルから汲み上げられています。

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御手洗川に架かる石橋。雲龍が彫られ神橋とも呼ばれます。

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    塩の道の道祖神も並んでいます。亀甲の通路わきに。

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翌日、明け方に
激しい雨が降りましたが、天候は徐々に回復し、待望の上高地、穂高神社の奥宮に出かけることにしました。
松本ICから沢渡(さわんど)まで約1時間。マイカー規制となっていますので、ここからはバスかタクシーです。

山また山を抜けて…
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梓川に沿ったり、トンネルに入ったり。
大きなダムも通りました。
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通過したトンネルはなんと20。

30分くらいかかったでしょうか、上高地のバスターミナルに到着です。



雨が降ったせいでまだ水は少し濁っていましたが、

だんだん霧が晴れて山と川の織りなす風景が見えてきました。
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標高1,500メートル。梓川上流の景勝地。

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涼しいです!

爽やかな山の空気を吸って。
河童橋です。

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ここからさらに梓川左岸道を歩きます。こちら側は森の中を歩くことになります。
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ヤチトリカブト トリカブト! でもきれいな紫色。


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なかなか先は長いようです…

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             ヤマホタルブクロ かわいい花ですね。

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何の実でしょう?

こんな木もありましたよ。
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道はときに河原に出たりもしますが…
見えました!

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あの山が明神岳! 屹立した美しい姿です。2931メートル!
その向こう、奥穂高の山頂に嶺宮がお祀りされています。


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さらに進み、河童橋から3キロ、約1時間で明神に着きました!

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もともとこの明神は上高地の中心で、上高地は「神垣内」と言ったそうです。

神垣内とは穂高見命が穂高岳奥宮と嶺宮にお祀りされていることに由来します。


また「神河内」とも「神降地」とも。

明神池に穂高の神様が祀られ、上高地が神垣内と呼ばれることなど、今回はじめて知ったことです…。 

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明神から梓川に架かる明神橋を渡ると鳥居があり、
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池畔の穂高神社奥宮に到着します。

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木々のせいで見えにくいのですが、この奥宮の真正面に先ほど河原から見えたあの明神岳がそびえています。

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お参りし、池の畔にでました。

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明神池は一之池と二之池からなる池で、穂高神命が鎮座する神域。
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別名「鏡池」「神池」とも呼ばれます。

 


池は神韻縹渺として深く、静かに水を湛えています。

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ずーんと重い静けさとでもいうのでしょうか、神秘的で、この池に龍神が棲んでいても不思議ではないように思えます。


毎年108日にはここに龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)の御船を浮かべ、一年の山の安全を祈願する御船神事が行われるそうです。そんな風景を見てみたいですね。

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帰りは右岸道を取りましたので、その景色をご覧ください。

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こちら側は木の橋を渡ったり、川の流れを見ながら歩くことになります。
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こんなにも美しい流れが存在するなんて感激です! 


それだけでも来た甲斐がありました。
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立ち枯れの木も雰囲気を醸し出しています。
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河童橋近くまで戻ると、いつのまにか青空が見え、梓川は出発のころより澄んできていました。
初秋の風景。

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今回の旅では、先生が、地名は大切なのです、地名には歴史が秘められているから、といつもおっしゃっていたその意味を実感しました。

安曇野はもとより、上高地も住所は松本市安曇…でした。安曇の地名はたくさん残っています。
梓川のあづの音も安曇からきているとも言われます。

 


海人(あま)として生きた人々は何代もの世代を経て、この地で山を切り拓き、たくましく生きる山の住人となっていったのでしょう。彼らの祖先は穂高の地で山を守る神となりました。

海の神が歳月を経て、やがて山の神へと変容してゆく不思議。


安曇磯良を訪ねてやってきた彼の地は、「安曇」の歴史とともに穂高の美しい自然を存分に見せてくれました。

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世界遺産講座

 

京都・清遊の会主催 第三期シリーズ

 

京都・世界遺産講座
のご案内!

 

残暑のうちにも朝夕は少し秋の気配が感じられる頃となりました。
皆様にはいかがお過ごしでしょうか。
京都・清遊の会が、足掛け三年にわたって行ってまいりました京都の世界遺産講座もあと六社寺となりました。

 

残すは下記の寺々、京都を代表する巨刹、名刹ばかりです。

 

本講座は時宜に応じた話題を盛り込みながら、画像を駆使して立体的に、そしてどこよりも深く、広く、楽しく解説します。

 

講師はハイレベルな京都案内で定評のある堤勇二講師です。

 

従来の京都案内では決して得られない本物の京都、
驚きと興奮のあっという間の3時間をぜひご堪能下さい。

初めての方、大歓迎です。
皆さまのお越しをお待ちしています!!



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    言わずと知れた京都のシンボルタワー
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              本願寺門主の数寄の結晶 飛雲閣
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             夢窓疎石庭園の極意 西芳寺黄金池
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                      極楽いぶかしくば……

 

京都会場

 

講義予定 平成24年(2012)~平成25年(2013) 

 

●時間は午後130分~430分を予定しています。

 


1回 9月9日(日) 天龍寺    職員会館かもがわ

 

2回 10月7日(日) 東 寺   職員会館かもがわ

 

3回 1111日(日) 清水寺   京都市北文化会館

 

4回 12月22日(土) 西本願寺  職員会館かもがわ(予定)

 

5回 1月19日(土) 平等院   職員会館かもがわ(予定)

 

6回 2月16日(土) 西芳寺   職員会館かもがわ(予定)

 


会場
原則として職員会館かもがわ京都市中京区土手町通夷川上ル末丸町284
TEL075-256-1307
市バス「河原町丸太町」徒歩五分 京阪電鉄「神宮丸太町」駅徒歩五分)
を予定していますが、
北文化会館(北大路タウン内)および京都アスニ―等も使用いたします。
変更の場合は適宜ご連絡いたします。

 


東京会場

世界遺産講座 東京開催 日程  

          ●時間は午後130分~430分を予定しています。

回数   日時       内容        場所

 


第1
回  923日(日)  天龍寺    きゅりあん 大会議室

 

第2回  1028日(日)  東寺     きゅりあん 第二講習室 

 

第3回  1123日(金祝) 清水寺    きゅりあん 第二講習室 

 

第4回  1224日(月祝) 西本願寺   きゅりあん 第二講習室   

 

第5回  127日(日)  平等院     江戸東京博物館 第一・第二学習室

 

第6回  224日(日)  西芳寺    江戸東京博物館 会議室

 


会場 

 

きゅりあん(品川区立総合区民会館)
JR京浜東北線、東急大井町線、りんかい線各線「大井町」下車徒歩1分。
電話1(プッシュホン)
03-5479-4100 

 

 江戸東京博物館
JR総武線 両国駅西口下車 徒歩3分。
都営地下鉄大江戸線
両国駅(江戸東京博物館前) A4出口 徒歩1分。
電話1(プッシュホン)
03-3626-9974
変更の場合はご連絡いたします。

 


ご参加費



各回お一人
3000です。

お申し込みの場合、6回分一括ご入金の方は、
合計
18000円を15000円に割引させて頂きます。

 

各回ごとのお振込みか、各期ご参加回一括でのお振込みかどちらかをご選択下さい。

 

各回振込の方は、開催日の一週間前までにご入金下さい。

 


申し込み要領



住所、氏名、電話番号ならびに必要事項をご明記のうえ、
右上のお申込みフォームからお申込み下さい。
メールアドレスは
PCか携帯か、また全回振込か各回振込かをご記入ください。

FAX
もしくはメールでもお申し込みいただけます。
お申し込みの後、参加費をご入金下さい
恐れ入りますが、振り込み手数料はご負担下さい。
ご入金確認後、事務局より参加証を送付致します。
講義当日にご持参、ご提示下さい。


○お振込先


みずほ銀行 出町(でまち)支店(587)  普通 1161285   名義  京都  清遊の会


申し込み〆切

 


お申し込みは随時受け付けております。ただしレジュメ作成の都合上、事前申込制とさせていただきますので、ご参加回の一週間前までにお申し込み下さい。

 


世界遺産現地案内について

 


今後、世界遺産の各社寺を実際に訪れて行う現地案内も開催する予定です。参加費用は、拝観料や交通費などの都合で変動しますので、その都度ご案内致します。

 


講師紹介 堤 勇二

 

1958年生まれ。同志社大学文学部卒業。京都学園大学非常勤講師。京都の出版社で京都検定公式テキストの編集を始め、京都関係、日本の伝統文化・芸能書籍の編集を経て、現在フリーの京都学講師。京都商工会議所の京都検定講座や各新聞社の文化センター講座などを行い京都の奥深さを発信する。主著に「京都・祇園祭手帳」「京都・世界遺産手帳」(河原書店)、共著に「京都 観光文化への招待」(ミネルヴァ書房)など。

★京都・清遊の会へのご意見、ご感想を募集しています!
ぜひともご感想、ご意見、ご希望をお寄せください。
当ホームページのコメント欄に投稿いただくか、あるいはメール・ファクスでも結構です。
お待ちしています!

 

 

京都・清遊の会 事務局   6038341 京都市北区小松原北町13530108

 

TEL&FAX 075-465-9096 
e-mail:
info@kyo-seiyu.net
URL: http://www.kyo-seiyu.net

 

 

 

祇園祭現地案内 山鉾巡行観覧 ご報告

暑中お見舞い申し上げます。

いよいよ夏本番、皆さまにはいかがおすごしでしょうか。

京都・清遊の会では「祇園祭宵山現地案内」「山鉾巡行観覧」を行いました。その模様をご紹介いたします。

宵山の16日午前には、堤勇二講師による「祇園祭の楽しみ方」の講座がJEUGIAカルチャー京都で、午後からは同講師による現地案内が行われました。
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堤講師は、たった二時間で千年の歴史を持つ祇園祭を語ることはできません、とおっしゃりながらも、八坂神社の御祭神の話、祇園祭の神事と山鉾町の行事、画像を使っての山鉾の紹介などなど、わかりやすく面白く語られました。
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いつもながら堤講師の深い知識に脱帽です。特に神功皇后や安曇磯良など船鉾のご神体にまつわる話はもっと聞きたかった…。

午後は山鉾めぐり。長刀鉾の向かい側から出発です。
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函谷鉾、菊水鉾と回りました。

菊水鉾─カンカン照りの青空に鉾頭や天王人形が映えます。

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上から小屋根、そして右手に柄杓・左手に盃を持つ天王人形─彭祖(ほうそ)か菊慈童か? 
その下は菊の紋付幕を垂らし菊の枝を立てた天王台。


池坊会館では大船鉾の画が掛かる広間の前で、次に訪ねる月鉾の説明を聴きました。


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月鉾の彫刻、絵画、懸想品、どれも素晴らしかったです!

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放下鉾へ。放下鉾は檜扇形の榊が特徴です。

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小結棚町の町会所に上がって見学しました。
稚児人形の三光丸(さんこうまる)君は気品のあるお顔をしていらっしゃいます。

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「三光丸」は久邇宮多嘉王の命名になり、京都を代表する人形店、丸平大木の名作。

巡行の際には三人の人形師が付き、稚児舞いを演じます。


さて、山鉾町の中にあって祇園祭の山や鉾を出さない町…菅大臣町にやってきました。
ここには菅大臣社があります。

菅原道真の父、是善(これよし)の住まいであったところと伝わります。

なるほど!  天神様への信仰があるところですもんね。菅大臣社を通り抜けて行きます。
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岩戸山に来ました。岩戸山は「国生み」と「天岩戸伝説」の二つを主題にしています。

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ご神体のうちの天照大神はなんと男性像なんですね!  なぜでしょうね?

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鉾の形に似ていますが、岩戸山は曳山で、北、南の観音山に先がけて最初に曳山としたものです。


新町通りでは一番南に位置し、この岩戸山の上からは北に向かって並ぶ山鉾を眺めることができます。

白楽天山を回り、そして最後の鶏鉾に着くころにはもう夕方となり、宵山も凄い人の波となっていました。

 


猛暑のなかの山鉾めぐりでしたが、大勢の方がご参加下さり、無事に終えることができました。


堤先生には復帰後初めての現地案内をしていただき、本当にお疲れ様でした。


17日は、JEUGIAカルチャー京都8階から山鉾巡行を観覧しました。
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中川のご案内でしたが、皆さまは前日の座学、現地案内に参加された方も多く、それを踏まえて熱心に見学されていました。
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いつもはここはヨガやダンスなどに使われているお部屋ですが、ベランダからは四条通りの寺町から河原町までを眺めることができます。
高いところのお好きな方ばかりが見学かと思いきや、くだんの先生もお越しになりました。
しかしベランダからでなく、室内から望遠で撮影されていましたよ。(笑)


鉾頭や天王人形が目の前を通るのですから、驚きです。

写真は長刀鉾の辻回しの様子です。壮観な眺めです!

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蟷螂山のかまきりが羽を広げる様子もまた一興。

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約三時間、山鉾巡行を堪能させていただきました。


ことしは暑さも一番でしたが、青空のもと山鉾のお飾りが映え、宵山や巡行を見学するには素晴らしい日和でした。

ご参加くださたった皆様、どうもありがとうございました。
以上簡単ですが、祇園祭案内のご報告とさせていただきます。


清遊ブログ  「端午の茶会」 平野の家 わざ 永々棟 にて

風薫る五月のある日、「端午の茶会」にうかがいました。

平野神社と北野天満宮のなかほど、閑静な住宅街に、
ここ「平野の家 わざ 永々棟」があります。

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門をくぐり、玄関へつづく石畳。
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植え込みの緑が気持ちを和ませてくれます。

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この「平野の家─」は、大正時代に建てられた屋敷を、数寄屋建築で知られる山本隆章棟梁と伝統技術をもつ職人さん達の力によって新しく生まれ変わった建物。2010年に完成しました。

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「わざ 永々棟」は上棟式にさいして、「千歳棟、萬歳棟、
永々棟」と棟梁が声を掛け、大工が木槌を振り下ろして
棟納めをする習いから名づけられたそうです。

 


大正期の、そして現代の木造建築の知恵と技が結集されています。

 


受付をすませて寄付(よりつき)へ─

寄付の色紙は光悦書画 ベルリン博物館蔵写。

「己が妻 恋ひつつ鳴くや五月闇 神南備山の山郭公」 新古今集より

待合は琉球畳の敷かれた民芸風の明るい空間。
掛物 主人公 鍾馗画賛

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旧暦では端午の節句は六月のちょうど梅雨どきにあたります。

昔の人は疫病が流行らぬよう邪気を払い、健康を願ったことでしょう。

中国で唐の時代、玄宗皇帝の病を治したという故事からか、鍾馗(しょうき)さんに魔除けを託すようになったといわれています。
京都ではよく家々の軒に挙げられた鍾馗さんを見かけますね。

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ユーモラスな鍾馗さんにご挨拶し、会記を拝見。

この部屋と、隣の土間が今日は待合になっています。
エラールピアノが置かれてコンサートも行われる空間。

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立派な箙(えびら)と弓矢も置かれています。

 


席入りのご案内がありました!

招き入れられたのは木の香りがするような清々しい広間。

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白砂と緑の美しい庭に面しています。

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掛物 「清 松風塵外心」(しょうふうじんがいのこころ) 

      元南禅寺管長 柴山全慶老師

香合 兜 真田幸村六文銭


花  菖蒲
花入 鐙
琵琶床 烏帽子 下鴨神社
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清新の気あふれる掛物。

紫の菖蒲が生けられているのはなんと馬に乗るときに足を置く鐙(あぶみ)です。


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花入に見立てられた鐙とは!

この姿、床にぴたりと納まっています。


本来のあるべき姿ではなく別のものとして見る、役割を担わせるという「見立て」の心。

ご亭主の遊び心? が感じられてわくわくします。


香合は日本一の兵(つわもの)といわれた真田幸村の兜。
朱が彩を添えています。男子の武運長久にかなうお道具。

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端午の節句は男子の節句。

干支では五月は午(うま)の月にあたり、午の月の端(初め)の午の日を節句として祝っていたものが、五の音と同じことから五月五日になったといいます。

 


風炉先 桑 つぼつぼ透し

風炉・釜 琉球風炉 切り合せ


棚 荒磯棚(ありそだな)

水指 浅葱交趾釉(あさぎこうちゆう)
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点前座は木地の棚や風炉先屏風、浅葱交趾釉の水指が清々しさを演出しています。
写真では見えにくいのですが、風炉先の透かしになる「つぼつぼ」は千家の替え紋。

千利休の孫の宗旦が京都の伏見稲荷を信仰していたので、伏見稲荷で初牛の日の土産物であった田宝(でんぼ)と呼ばれる素焼きの器を紋にしたといわれているそうです。


お客方が着座されたところで、

亭主(席主)が入られ、正客、次客と順にみなさん全員にご挨拶。

なごやかに茶会が始まりました。

流れるようなお点前をみながら、お菓子をいただき、
主客の間に交わされるお話をうかがいます。


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赤絵の鉢から主菓子を取り回して。

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                     銘「白馬」 紫野源水製
主菓子の銘は「白馬」だそうです。なるほど!
掛けられているのは手綱ですね。
中は黄味餡のサプライズ! ああ美味し…。

干菓子は青海波の丸盆に盛られています。

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                 銘「吹き流し」 千本玉寿軒製


点てられたお茶が半東によって運ばれます。
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京焼でしょうか? 兜の絵のはんなりしたお茶碗。

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たっぷりと点てられて、ふくよかな味わいの一服をいただきました。
今日の正客のお茶碗は馬上盃(ばじょうはい)。
ひとつ上の写真で、手に取って拝見されているのがその茶碗です。




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お客方と歓談される席主の石橋宗郁さん。
ここで月に一度、初心者の方向けに茶道教室を開かれています。


茶器と茶杓を拝見しましょう。
茶器は折撓棗(おりだめなつめ)。
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堂々として、一見、男性的な印象ですが、蓋をあけると朱漆に金切箔が鮮やかです。

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初代橋村萬象(はしむらばんしょう)の作。
橋村家は木具師として奈良時代から宮中に仕えたお家。
しかし千三百年とは!

 


瀟洒な竹の茶杓は銘「しのび音」。
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しのび音(ね)とはほととぎすの初音だそうです。
寄付(よりつき)の色紙は
神南備山(かんなびやま)の山郭公(ほととぎす)画賛でした。
山の静謐をかすかに破る声でしょうか。


さて、神南備山、馬上盃の茶碗、琵琶床に飾られた烏帽子、しかも下鴨神社の、となれば先日の葵祭を思いださずにはいられません。
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まだ幾日か前に新緑まばゆい加茂街道で路頭の儀の美しい行列を見送ったばかり、いまだその光景が目に焼き付いています。
りりしい近衛使(このえつかい)の本列。斎王代の華やかな女人列。
さまざまに飾られた花笠、などなど。

 


馬の首に鈴を懸けて走らせたのが賀茂の祭りの起こりと伝わるそうですが、今日の流鏑馬(やぶさめ)や競馬(くらべうま)にいたるまで、賀茂の祭りと馬は深いかかわりを持ってきたといえましょう。


今日のお席は端午の節句を迎え、あわせて今年も祭りが無事に終わったことを想う一会となりました。
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                美しい截金のほどこされた欄間


席のあと、建物のなかをご案内いただきました。

一階の「聚楽庵」は三畳半の茶室。
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写ってないのですが土間のハシリにはおくどさんがありました。

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二階の座敷に上がりますと、
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二方に開け放たれた眺めがすばらしいです。

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見下ろすとお庭の白砂は州浜になっているのがよくわかります。

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唐紙の襖は光線の角度によってさまざまに映ります。
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欄間は源氏香の意匠。

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格調高く、風雅なしつらい。

つぎは洋間へ。
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窓の下は一階からは吹き抜けのようになっています。

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サンルームの窓に施されたステンドグラスは四神を表します。

北は玄武を。
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南の朱雀と西の白虎。

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では東は…建物の東に流れる紙屋川を青龍に見立ててのこと。
福助さんもおられました。

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あちらこちらに伝統の技術と創意が光る、まさにわざの結集です。

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今日はご亭主や社中の皆さまと久方ぶりに再会でき、懐かしく愉しい一日となりました。


もてなしの心通う一会に感謝し、伝統と創造の風さわやかに吹く
「平野の家 わざ 永々棟」を後にいたしました。

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清遊ブログ  大田の沢のカキツバタなど

風薫る五月。
季節は移り、新緑が目に染みる頃となりました。

上賀茂の大田神社に出かけました。

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京都に住んでいてもなかなかタイミングよく花の咲く頃に行けることがないのですが、今年の「かきつばた」はどうでしょうか。


神社の辺りは連休が明けたところで、ようやく静けさを取り戻していました。

お参りするより先に大田の沢をのぞいてみます。

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咲いていました!
見たかったこの景色がありました。

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周囲の新緑に溶け込んだ、紫と緑の見事なこと。
古代より群生しているという野生のかきつばた。

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「神山や大田の沢のかきつばた 
   ふかきたのみは 色にみゆらむ」

俊成の歌に詠まれた風景は目の前にあります。

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この大田の沢も、深泥池も、昔、京都が海だったことを示すもの。
今が見ごろで、5月20日頃まで楽しめるそうです。
さて参道を進み、本殿にお参りします。

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大田神社は上賀茂神社の境外摂社で、上賀茂神社より先に祀られていたこの地域一帯の地主神。
そして上賀茂さんの摂社はすべて拝殿を持っていると先日の講座で教わりました。

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御祭神は天鈿女命(あめのうずめのみこと)。
拝殿は割拝殿になっています。


ここで、毎月十日の夜、ちゃんぽん神楽が奉納されます。


参道の両側には白鬚社、百大夫社、鎮守社。
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参道の入り口には福徳社があります。

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大田神社をあとに、賀茂川の東にある府立植物園のなかの「半木(なからぎ)神社」へ。
半木神社へは北山通り側の入口から入ると近いのです。

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半木神社のある「なからぎの森」は周りに池がめぐり、庭園の景をなし、静かで素晴らしいところ。
木々が茂り、下草や土を踏んでの散策は気持ちが休まります。
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風が渡ると水面が揺れて。
いつまでも佇んでいたいお勧めの場所です。
こんなほほえましい光景も。

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半木神社の御祭神は天太玉命(あめのふとだまのみこと)。
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この辺りは錦部(にしごりべ)の里といい、カモ氏によって開墾された地で、古く養蚕製糸の業が営まれたところだそうです。

カモ族と秦族の人々がこの業の守護神として四国阿波国から天太玉命を勧請したと伝えています。
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最後に同じく上賀茂神社の末社「小森神社」をご紹介しましょう。
北山通りと大宮通りの交差点から少し北へ行き、東に折れたところ。



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小森社はなんと緑町公園という児童公園のまん中に鎮座していました!

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がらんとした公園の真ん中に石垣が造られて、そこに祀られています。


ちょっと珍しい光景。
御祭神は水分(みくまり)神。石段を上ってお参りしました。

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遊具のライオンが狛犬の役割みたいです…。

でもじつはもっと守られていました!


地元にいてしか撮れない写真をご覧ください。
これぞ京都通? それではまた。
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