風薫る五月のある日、「端午の茶会」にうかがいました。
平野神社と北野天満宮のなかほど、閑静な住宅街に、
ここ「平野の家 わざ 永々棟」があります。
門をくぐり、玄関へつづく石畳。
植え込みの緑が気持ちを和ませてくれます。
この「平野の家─」は、大正時代に建てられた屋敷を、数寄屋建築で知られる山本隆章棟梁と伝統技術をもつ職人さん達の力によって新しく生まれ変わった建物。2010年に完成しました。
「わざ 永々棟」は上棟式にさいして、「千歳棟、萬歳棟、
永々棟」と棟梁が声を掛け、大工が木槌を振り下ろして
棟納めをする習いから名づけられたそうです。
大正期の、そして現代の木造建築の知恵と技が結集されています。
受付をすませて寄付(よりつき)へ─
寄付の色紙は光悦書画 ベルリン博物館蔵写。
「己が妻 恋ひつつ鳴くや五月闇 神南備山の山郭公」 新古今集より
待合は琉球畳の敷かれた民芸風の明るい空間。
掛物 主人公 鍾馗画賛
旧暦では端午の節句は六月のちょうど梅雨どきにあたります。
昔の人は疫病が流行らぬよう邪気を払い、健康を願ったことでしょう。
中国で唐の時代、玄宗皇帝の病を治したという故事からか、鍾馗(しょうき)さんに魔除けを託すようになったといわれています。
京都ではよく家々の軒に挙げられた鍾馗さんを見かけますね。
ユーモラスな鍾馗さんにご挨拶し、会記を拝見。
この部屋と、隣の土間が今日は待合になっています。
エラールピアノが置かれてコンサートも行われる空間。
立派な箙(えびら)と弓矢も置かれています。
席入りのご案内がありました!
招き入れられたのは木の香りがするような清々しい広間。
白砂と緑の美しい庭に面しています。
掛物 「清 松風塵外心」(しょうふうじんがいのこころ)
元南禅寺管長 柴山全慶老師
香合 兜 真田幸村六文銭
清新の気あふれる掛物。
紫の菖蒲が生けられているのはなんと馬に乗るときに足を置く鐙(あぶみ)です。
花入に見立てられた鐙とは!
この姿、床にぴたりと納まっています。
本来のあるべき姿ではなく別のものとして見る、役割を担わせるという「見立て」の心。
ご亭主の遊び心? が感じられてわくわくします。
香合は日本一の兵(つわもの)といわれた真田幸村の兜。
朱が彩を添えています。男子の武運長久にかなうお道具。
端午の節句は男子の節句。
干支では五月は午(うま)の月にあたり、午の月の端(初め)の午の日を節句として祝っていたものが、五の音と同じことから五月五日になったといいます。
風炉先 桑 つぼつぼ透し
風炉・釜 琉球風炉 切り合せ
棚 荒磯棚(ありそだな)
水指 浅葱交趾釉(あさぎこうちゆう)
点前座は木地の棚や風炉先屏風、浅葱交趾釉の水指が清々しさを演出しています。
写真では見えにくいのですが、風炉先の透かしになる「つぼつぼ」は千家の替え紋。
千利休の孫の宗旦が京都の伏見稲荷を信仰していたので、伏見稲荷で初牛の日の土産物であった田宝(でんぼ)と呼ばれる素焼きの器を紋にしたといわれているそうです。
お客方が着座されたところで、
亭主(席主)が入られ、正客、次客と順にみなさん全員にご挨拶。
なごやかに茶会が始まりました。
流れるようなお点前をみながら、お菓子をいただき、
主客の間に交わされるお話をうかがいます。
赤絵の鉢から主菓子を取り回して。
銘「白馬」 紫野源水製
主菓子の銘は「白馬」だそうです。なるほど!
掛けられているのは手綱ですね。
中は黄味餡のサプライズ! ああ美味し…。
干菓子は青海波の丸盆に盛られています。
銘「吹き流し」 千本玉寿軒製
点てられたお茶が半東によって運ばれます。
京焼でしょうか? 兜の絵のはんなりしたお茶碗。
たっぷりと点てられて、ふくよかな味わいの一服をいただきました。
今日の正客のお茶碗は馬上盃(ばじょうはい)。
ひとつ上の写真で、手に取って拝見されているのがその茶碗です。
お客方と歓談される席主の石橋宗郁さん。
ここで月に一度、初心者の方向けに茶道教室を開かれています。
茶器と茶杓を拝見しましょう。
茶器は折撓棗(おりだめなつめ)。
堂々として、一見、男性的な印象ですが、蓋をあけると朱漆に金切箔が鮮やかです。
初代橋村萬象(はしむらばんしょう)の作。
橋村家は木具師として奈良時代から宮中に仕えたお家。
しかし千三百年とは!
瀟洒な竹の茶杓は銘「しのび音」。
しのび音(ね)とはほととぎすの初音だそうです。
寄付(よりつき)の色紙は
神南備山(かんなびやま)の山郭公(ほととぎす)画賛でした。
山の静謐をかすかに破る声でしょうか。
さて、神南備山、馬上盃の茶碗、琵琶床に飾られた烏帽子、しかも下鴨神社の、となれば先日の葵祭を思いださずにはいられません。
まだ幾日か前に新緑まばゆい加茂街道で路頭の儀の美しい行列を見送ったばかり、いまだその光景が目に焼き付いています。
りりしい近衛使(このえつかい)の本列。斎王代の華やかな女人列。
さまざまに飾られた花笠、などなど。
馬の首に鈴を懸けて走らせたのが賀茂の祭りの起こりと伝わるそうですが、今日の流鏑馬(やぶさめ)や競馬(くらべうま)にいたるまで、賀茂の祭りと馬は深いかかわりを持ってきたといえましょう。
今日のお席は端午の節句を迎え、あわせて今年も祭りが無事に終わったことを想う一会となりました。
美しい截金のほどこされた欄間
席のあと、建物のなかをご案内いただきました。
一階の「聚楽庵」は三畳半の茶室。
二階の座敷に上がりますと、
二方に開け放たれた眺めがすばらしいです。
見下ろすとお庭の白砂は州浜になっているのがよくわかります。
唐紙の襖は光線の角度によってさまざまに映ります。
欄間は源氏香の意匠。
格調高く、風雅なしつらい。
つぎは洋間へ。
窓の下は一階からは吹き抜けのようになっています。
サンルームの窓に施されたステンドグラスは四神を表します。
では東は…建物の東に流れる紙屋川を青龍に見立ててのこと。
福助さんもおられました。
あちらこちらに伝統の技術と創意が光る、まさにわざの結集です。
今日はご亭主や社中の皆さまと久方ぶりに再会でき、懐かしく愉しい一日となりました。
もてなしの心通う一会に感謝し、伝統と創造の風さわやかに吹く
「平野の家 わざ 永々棟」を後にいたしました。