京都・清遊の会 活動報告 五月 その2

京都・世界遺産現地案内


比叡山延暦寺 横川


快晴の五月四日、堤講師の案内でかねてより愉しみにしていた比叡山延暦寺を訪ねました。今回の目的は横川と西塔です。

 京都駅に集合し、バスにてお山を目指しましたが、大型連休の真っ最中、バスは超満員で座れない方も出てしまいました。たいへん申し訳なかったと反省しきりです。
しかし大型連休の観光地の恐ろしさを本当に知るのはこの後なのでした。

 小一時間ほどで延暦寺バスセンター(東塔)に到着、すぐに連絡したシャトルバスで横川へ。横川は東塔からもっとも離れたエリアで、円仁によって開かれ、元三大師良源によって発展しました。ここは道元、また日蓮が修行を行い、新仏教を開教する契機となった地としても有名です。
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横川の入り口で説明を聞きます。期待大!

 一同はまず、龍ヶ池弁才天にて良源の怪異譚を聞き、前にある如法水で良源の弟子、恵心僧都源信が慶滋保胤らとともに行った如法写経の話を聞きました。
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良源が法力で鎮めた大蛇を祀る龍ヶ池弁才天にて
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写真下に写る木屋根の中が如法水です。

 道行く人々は、壊れかけた木枠の前でいったい何を話してるのだろう、と不審気に眺めていきます。堤講師の説明は、いつもそうですが、目の前に現れるものすべてについて行われます。単なる観光ガイドとは次元が違うのです。

 その後、横川中堂と呼ばれる首楞厳院へ。横川の本堂です。
円仁が入唐求法に赴いたとき、乗船した遣唐船を象ったものといわれ、上空から見ると船底の形をしているそうです。そういえば内部も一段低くなり船室を思わせます。

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横川中堂 堂々たる建物ですが、残念ながらコンクリート造。

  信長の焼き討ちで焼失したのち、秀吉によって再建され、さらに淀殿によって改装されたこの建物が、数多くの歴史を秘めながら、現在コンクリート造となっていることの功罪が話されました。とても興味深いお話でした。木造りの文化と日本の風土、その風土が生んだ日本仏教、その仏教のために建てられた寺院。日本文化を貫く一本の棒、とても重い話です。

 本堂を出て、正面に祀られる赤山宮と円仁、そして横にある一念寺跡で、円仁がなぜこの横川に一大法城を開いたか、義真との確執によるそのいきさつを聞きました。こんな話が聞けるのも清遊の会ならではの案内ですね。


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一念とは虚子の小説「風流懺法」に登場する僧侶の名前です。

 高浜虚子の逆修塔、秘法館跡、恵心院、そして鐘楼と含蓄のある興味深い話の連続でしたが、ここでは割愛します。とにかくすべての建物で解説があるのですから、なかなか先に進みませんね(笑)。

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高浜虚子の逆修塔 「清浄な月を見にけり峰の寺」の句碑が。
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横川の鐘楼前で。面白いお話でした。

 山の霊気を感じながら、一行は元三大師堂へと着きました。叡山三大地獄の一つ、看経地獄の拠点です。ここの本尊は元三大師良源の御影そのもの。いつも座って止観を続けていた良源の姿が壁に焼きつき、その姿を写し取った像が本尊となったと。とてつもない話ですが、ここに座るとなんだかその通りのような不思議な感覚を覚えます。

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元三大師堂。良源の魂が今も生きて充満しています。

 ここはおみくじの元祖となった元三大師を慕い、今でも進路判断が行われています。うかがったときもお一人おられましたね。
お札で有名な元三大師。皆さん思い思いにお札や数珠を購なわれました。

 四季講堂を出た一行は叡山三大魔所の一つ、元三大師御廟へ。

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御廟に至る山道を歩く参加者。気分は回峰行者です。

 昼なお暗く、別格扱いされた聖域です。叡山には珍しい数々の怪異譚を生んだ良源の墓所。まさに肌が粟立つ思いです。石柵に囲まれてひっそりと立つ横川式墓所。その横にはブナの巨木が。暁闇のなか、ここを訪れる回峰行者は必ず不思議な気配を感じるという。さもありなんと思わせるだけの霊域でした。

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三大魔所の一つ。元三大師御廟に着きました。怖いもの見たさにワクワクドキドキ。
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これが元三大師のお墓。千年このままです。思わずゾクッと。
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お墓を守るようにそびえるブナの巨木。雰囲気ありすぎ!

 その後、根本如法塔にてここから出土した国宝の経箱や経筒の話を聞きました。上東門院自ら埋納した経箱がそのまま出土したのですから、本当に驚くほかありません。
現在の塔は篤志家山口玄洞の寄進です。

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根本如法塔へ。驚きの出土品が発掘されました。

 横川を後にして峰道レストランで昼食休憩をとの予定でしたが、さまざまな障害があり、昼食も、そしてその後訪れるつもりだった西塔も行けずに終わりました。
大変申し訳ないことでした。予定通りに回れなかったことは幾重にもお詫び致します。いずれまた必ず埋め合わせをと、講師も約束してくれましたし、一人だけバスに積み残されて早速罰を受けた人もいました(大笑)。
皆さま、どうかご海容下さいませ。

坂本へ


西塔をあきらめた一行は、坂本の町を散策し、最澄が生まれた生源寺を訪れようとの講師の提案により、ケーブルで麓の坂本へ降りました。

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穴生積の石垣に囲まれた素晴らしい坂本の街道。

 風情満点の町並みを歩きながら、日吉大社と秀吉や、穴生積みの石垣の話、天台真盛宗の総本山西教寺の話などを聞きつつ、生源寺へ。

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最澄生誕の地 生源寺。

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本堂にてご住職のお話を聞きました。お坊様はみな話し好き。

 伝教大師最澄の生誕地が寺となったもので、本堂に上がると、ご住職がお出ましになり、有難いお話を聞くことができました。

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最澄が産湯に使った井戸だそうです。

 お寺を出た人々は、有名なおそば屋さんの話や、最澄によってもたらされた日本最古の茶園という「日吉茶園」を前に、飲茶の歴史にしばし耳と傾けたのち、解散となりました。

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最澄により請来された日本最古の茶園。

   想定外の探訪となった叡山行でしたが、それはそれでお楽しみ頂けたのではないかと思っています。

京都・清遊の会 活動報告 五月

五月一日 和菓子の会と無隣庵庭園・南禅寺界隈散策

五月一日、南禅寺近くの無鄰庵で和菓子の会を催しました。
無鄰庵は、もと明治の元勲・山県有朋の別荘として一般に公開されています。
和菓子の会は二階の広間で、講師の井上由理子さんから、「葵祭の神饌」と「緑の和菓子」のお話をうかがい、その後、堤講師の案内で無鄰庵の庭園や南禅寺界隈を散策しました。
前日までの雨で木々や苔はたっぷりと水を含み、いきいきした無鄰庵のお庭です。
みずみずしい新緑に囲まれた建物のなかでお話を聴き、和菓子をいただき、また庭園を散策し、楽しい1日となりました

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画像を見ながらの解説。興味津々です。
まず井上先生の講義は葵祭のお話から始まり、上賀茂神社、下鴨神社の神饌について解説していただきました。
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葵祭 華やかな装いの斎王代

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下鴨神社 神饌の調進がされる大炊殿.JPG

下鴨神社 神饌の調進がされる大炊殿

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下鴨神社 神饌

当日は上賀茂神社の神饌「はぜ」に似せて先生自らが調製された「はぜ」や下鴨神社の神饌「餅(まがり)」のレシピで調製された「唐菓子」、同じく下鴨神社の神饌に近い「洲浜」をご持参いただき、一同で味見をさせていただきました。

飾り粽 川端道喜.JPG

「飾り粽」 川端道喜
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洲浜」 植村義次
たとえば「粽」や「洲浜」は私たちがいま和菓子として食しているもの。それが画像を見て説明していただくと神饌に由来していることが…。驚きです!
和菓子の歴史が遠い時代からいまにつながってきている、その一端を知ることができました。
次は、この時期に登場する「緑」にちなんだ和菓子を。
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「柳」

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「翠」 千本玉寿軒
緑のお干菓子 有平糖 味噌せんべい 州浜など.JPG

「ほととぎす 水」

緑のお干菓子 有平糖 味噌せんべい 州浜など.JPG

緑の干菓子いろいろ
有平糖、みそせんべい、洲浜など


季節の風景が凝縮されてお菓子になっている、そんな感じがしますね。
さて、いよいよ今日いただく和菓子です。
なんだろうと思いきや、井上先生おすすめのこの時期しか味わえないえんどう豆のきんとんです。
はんなりという表現がぴったりの優しい色。
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えんどう豆のきんとん「岩根のつつじ」 聚洸
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きんとんのバリエーション
白いそぼろをのせると銘は「卯の花」に。

こうした意匠や銘からは、自然を和菓子に映した日本人の知性や想像力の豊かさを感じます。溶けるようにやわらかくてきめ細やかなお味!美味しくいただきました。
和菓子はこんなに小さいけれど、歴史に根ざした和菓子の世界は深くて広いのですね。魅力はつきません。


「葵祭と新緑の和菓子」の講義に続いて、堤講師による無鄰菴見学と南禅寺界隈散策が行われました。

無鄰菴母屋の二階で山県有朋と無鄰菴、植治と無鄰菴庭園についてのお話を聞きました。
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二階座敷からみた無鄰菴庭園


「隣なき世を隠れ家のうれしきは月と虫とに相宿りして」

「無鄰菴」命名の由来となった山県の歌を教えていただき、この名前は山県の出身地山口県吉田に造られた最初の別荘に由来しており、この別荘が三つ目の「無鄰菴」であること。

世に名高い「無鄰菴会議」が行われた邸内の洋館は、山県の気に入らず、植栽で隠してしまう計画であったこと。しかしこの洋館こそ、植治こと七代目小川治兵衛の庭造りに決定的な指針を与えた二人の人物、山県有朋と伊集院兼常に植治を引き合わせた建物であること。

二階でお話を聞くうち、降りしきっていた雨があがり、天然の打ち水に満たされた緑がなんとも素晴らしい風情です。

施主の位置から庭を造る、という植治が庭造りの基本を教わった一階主室床の間から庭を見た一行は、庭園にでました。

野芝と二筋の流れ、そして東山の借景という、この庭の主題に留意しつつ、庭に置かれた石がすべて伏せてあること、醍醐の花見で切り出そうとしてできなかった「秀吉の断念石」と呼ばれる巨石がここにあること、下段、中段、上段と地勢に応じた高さの庭が、絶妙に下から見えず、歩いて初めて得心できること、琵琶湖疏水から引いた三段の滝が左、右、左と振り分けてあり、これも醍醐三宝院庭園と共通すること、そして滝や流れに仕掛けられた音の秘密など、実際に見ながらの説明だけに説得力がありました。

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秀吉の断念石
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左右に振り分けた三段の滝組

その後、庭の奥から打ち返して母屋を見る、堤講師お得意の振り返って見る景色に、途中で切り落とされた母屋の屋根などの秘密を聞き、明治天皇から下賜された若松のいきさつ、利休堂をつぶして眺望台とした燕庵写しの茶室、歴史の生き証人たる洋館などを巡りながらとても興味深い話の数々をうかがい、無鄰菴をあとにしました。

南禅寺界隈散策

無鄰菴を後にした一行は、すぐ南に見える南禅寺の総門の話、隣の瓢亭の歴史、そしていま無鄰菴が建っている場所が、もとは著名な豆腐茶屋、丹後屋の南禅寺参道に沿って設けられた三つの茶店、口丹、中丹、奥丹の口丹であったことなど、驚きの話を聞きます。
現在唯一残る湯豆腐の名店「奥丹」は明治に復活したものだったのですね。

南禅寺の参道を西にそれ、上田秋成の墓がある西福寺へ。
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西福寺門前で秋成の話を。堤ワールド炸裂です。


無腸と号した秋成。妻・胡蓮尼を亡くし、さらに両眼の明かりさえ無くした秋成に自殺を思いとどまらせたのが当寺の玄門和尚であったこと。

江戸期に文筆をもって大輪の花を咲かせた秋成の話は、堤講師ならではの文芸談義となって、皆、堤ワールドに惹き込まれていきます。

その後、湯豆腐で有名な順正へ。

奥丹にも驚きましたが、この店もまた由緒正しき歴史の舞台だったのですね。

新宮涼庭。この聞きなれない医者の旧蹟は、京都のいや日本の医学教育史上記念すべき場所であること、また扁額は京都所司代間部詮勝の筆とも知りました。

奥丹にせよ、順正にせよ、秘められた歴史の由緒に本当に驚きの連続でした。
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南禅寺勅使門 重要文化財です。妻部の笈形に特徴が。

一行は何度も南禅寺を訪れながら、ほとんどその存在すら気づかなかった勅使門の見所を教わり、楽しみにしていた慈氏院の立ち姿の達磨さんが、時間切れで拝観できずがっかりしながら、野村碧雲荘脇の素敵な道を、疏水に沿って散歩しながら、本当に楽しいひと時を過ごしたことでした。
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野村碧雲荘横の道を歩きました。とてもよい風情でした。

京都・清遊の会 活動報告 四月

 

京都・清遊の会は四月末から五月初めにかけて立て続けに講座や現地案内を行いました。
4月23日 おもしろ講座 法然上人(座学・現地案内)
4月29日 世界遺産現地案内 金閣寺
5月1日  和菓子の会と南禅寺界隈散策
5月4日  世界遺産現地案内 延暦寺
5月8日  東京・世界遺産講座 醍醐寺

この間隙を縫って堤講師は7日に京都銀行で「葵祭」の講義を行われるなど、まさに八面六臂のご活躍でした。
以下、諸行事の報告を簡潔にご紹介します。

4月23日 おもしろ講座と現地案内

4月のおもしろ講座は京都・スーパースター列伝の二回目。
テーマは「法然上人」でした。
今年、八百年遠忌を迎えた浄土宗の宗祖です。

私たちは法然上人と呼び習わしていますが、
自分では「法然」と書いたことはないそう。
意外ですね。
名は最初の師・源光の源、
三番目の師・叡空の空からいただいた「源空」。
「法然」は房名なのです。

堤講師のお話は、「大原問答」から始まりました。
法然上人を語るのに欠かせない京都・大原の地がどんな歴史をもつのか、
「大原三寂」といわれる藤原三兄弟の話。
あの大歌人藤原定家の意外な出自に驚きです。
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                 法然上人行状絵伝 大原問答


講義は大原問答から、法然の生涯へ。
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パワーポイントを使った解説はビジュアルで分かりやすいです。

法然の父は美作の押領使、母は秦氏の一族。
押領使の説明も受けました。
なるほど! 現在の「横領」の意味につながってくるのですね。

法然上人縁起絵巻の場面を追って法然の生涯が語られました。
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法然生誕の地が寺となった岡山の誕生寺本堂。
熊谷直実による建立です。

この「悪人」としか規定しようのない父と、
その財力ゆえに人の謗りを受けることの多かった母の血を受けた法然の出生。
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法然の父 臨終の場面 醍醐本は内容が異なります。

後世に定着する「聖僧」のイメージを背負って生きる法然と、
自らの「悪の血」を言えぬ「哀しみ」。
これこそが専修念仏、悪人正機、女人往生という日本仏教の革命を興した原点との解説。
難しいながらに納得でき、いつしか講師の解説に引き込まれてしまいます。

日頃は気にも留めていなかった座像の阿弥陀如来と立像の阿弥陀如来にこんな違いがあったなんて。
いまさらながら法然上人の存在の大きさを感じます。

それにしても私たちが親鸞聖人の言葉として記憶している
「善人なおもて往生を遂ぐ。いわんや悪人をや」の有名なフレーズ。
実は法然上人の言葉だったなんて! 眼からウロコとはこのこと。

それに法然と親鸞の「上人」と「聖人」の違い。
次回親鸞の回で詳しく解説があるとのこと。今から楽しみでなりません。

講師の話は法然の生涯から、開教、迫害、そして流罪と展開します。
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浄土宗開教 雲霞の如く聞法の衆が訪れました。

法然ゆかりの地、さらに浄土宗四ヶ本山の紹介、
蓮生房(れんせいぼう)熊谷直実秘話……。
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西には浄土があると西にお尻を向けずに東上した直実
思わず噴き出すような解説も具体例があると効果的。

厚みのある、広範な視点からの解説に脱帽です。

そして極めつけ
法然上人の肖像画を見ながらのエピソード解説は最高でしたね。
「披講の御影」「鏡の御影」「足曳の御影」「張子の御影」と
本当に興味深い紹介の連続。
「法然頭」なんてまったく知りませんでした(笑)。
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頭頂部が窪んだ法然頭 なるほど!

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披講の御影 毛髪を残し、無精ひげ姿の真実とは!?

最後は少し駆け足になりましたが、
式子内親王と法然の消息、
玉桂寺の源智ゆかりの安阿弥様如来像などなど。
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法然上人一周忌の結願阿弥陀如来を伝えた玉桂寺本堂

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現在は浄土宗の寺宝となった
玉桂寺伝世の阿弥陀如来像

本当にもっともっと聞いていたかった!
時間切れになったのが残念でなりません。
午後 現地案内 法然寺

 

いつもながらの濃すぎる(?)内容に
時間の経つのをすっかり忘れて聞き入った午前の講義を終え、
一同は昼食を済ませて午後の現地案内へと向かいました。

今回の訪問先は上人の名前を冠したお寺「法然寺」です。
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法然寺本堂 法然院とは違うお寺です!


今は嵯峨に居を移しましたが、
その名は今も「元法然寺町」の町名に残る
上人と熊谷直実のゆかりを示す由緒ある寺院。
「法然上人二十五霊場」の札所でもあります。

ここで一同はとてもとてもお話好きなご住職様の、
熱のこもった楽しいご説明を拝聴しました。
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あえて繰り返します。とてもとてもお話好きのご住職でした。


ご本尊は法然上人が自ら刻み、
愛弟子蓮生に与えた上人五十三歳の像。
御像を覆うスクリーンが電動で開閉する仕掛けには一同ビックリ!
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法然上人自刻の自像 53歳の時のお姿だそう。


さらにご本尊を荘厳する釣灯籠は
直実着用の鎧で作られており、
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お厨子の前に吊るされた灯籠がそうです。

本堂横には上人の爪が埋納された御廟もあります。
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京都市内に四ヶ所 法然上人の御廟があるそうです。

こんなお寺があったなんて今の今まで知りませんでした。
お伺いしたときには降っていた雨も、失礼する頃にはすっかり上がり、
一同は直実ゆかりの向かい鳩の御紋が刻まれた瓦や門を拝見しながらお寺を後にしました。
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熊谷直実ゆかりの鳩が随所にありました。

今回の法然上人講座に相応しいお寺を紹介して頂けた講師に感謝です。

 

世界遺産現地案内 金閣寺


続いて4月29日は金閣寺の現地案内会を行いました。
大型連休が始まった初日。
しかも訪問先は京都屈指の観光地。
相当な人手の中での案内にかなりの混乱が予想されましたが、
東日本大震災の風評ゆえか、平素は日本人以上に多い
外国人観光客がやはり少ないようで
思ったほどの混乱もなく、要所、要所で講師の解説を堪能できました。

当日は晴天。
素晴らしい新緑の中、吹き渡る薫風が爽やかな、まさに好日。
最高の観光日和となりました。
青空を背景に建つ金閣のなんと見事なこと!
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絶好のロケーションでの金閣の雄姿


一同は鏡湖池を前景にした金閣の雄姿を見ながら説明を聞きました。

まばゆく輝く金は五倍の厚さをもつ五倍箔。
その下で金を支える漆は純国産、最高の品質を誇る浄法寺漆。
今回の震災での被害が心配されます。

こうした最高品質の素材を使い、最高の技術で仕上げられた金閣。
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人の想いの大切さを説かれる講師

しかし、その美しさを維持するのは人の思いと人の手なのです。
毎朝九時に開門する金閣寺。
その一時間前から、毎日金閣に上がり
金のほこりをとり、金の状態を確認する人がいるそうです。
どんな悪天候の日でも、
欠かさず二十年以上続けられているそうです。
目の前の金の輝きと相俟って、堤講師の話は胸を打ちます。
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日々続けられるメンテナンスあってこその黄金の輝きです。


空の青を受けて静かに金を映す鏡の池。
そこに点在する島々や巨岩の話もまた興味深いものでした。
なぜ、銀閣寺の錦鏡池にはある大内石がないのか?
三尊石や九山八海石の秘密などなど
そして金閣一層に安置される義満の像はなぜ天台の僧服なのか、
圧巻の解説が続きます。
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金閣の東側にある陸舟の松 名松です。


そして苑路に沿って歩きながら、かつて書院と結ばれていた渡り廊下や
明使を接待した天鏡閣の場所、逆光の中でひときわ映える見返り金閣、
西園寺家時代の名残を示す安民沢の逸話など話題は尽きません。
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西園寺家時代からの鎮守社 春日社を遷した榊雲

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龍門の滝の鯉魚石 定家が見た滝は果たしてこれか?

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豊かな水を湛えた安民沢 数々の雨乞いの舞台です。

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見返り金閣 ひときわ映える視点です。

金閣寺で最も高い位置にある茶室・夕佳亭では、茶道の歴史から
数寄屋建築の意匠、鴬宿梅の故事、犬王道阿弥の晴舞台と世阿弥の転落……
とどまるところを知らないかのように話は弾みます。
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さすがお茶に造詣の深い講師 解説も一味違います。

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つい見逃し勝ちな側面の意匠 丸、三角、四角の禅問答です

しばしの休憩を挟み、不動堂へ。
現在の鹿苑寺境内ではもっとも古い建物です。
かつて「洛中洛外図」に、金閣とここのみが描かれたように
弘法大師ゆかりの石不動としてとても知られた名所でした。
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境内最古の建物 不動堂。
用意された不動明王の写真がわかりやすかったです。

長い石段を降りた一行は、普段ほとんど見ることのない
鹿苑寺の南側を境域に沿って歩きました。
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金閣寺南側での解説 氷室道とも相俟った楽しいお話でした。

義満が一世一代の盛事、後小松天皇行幸時の正門の位置や
清遊の会ならではの秘密の金閣(笑)を見て
氷室道を歩き、氷室にまつわる話をうかがいました。


途中、いまだ町名に残る金閣寺の総門の話を聞き、
裏門から安産祈願の神社・わら天神に入りました。

敷地神社というのが正式な名称ですが、
この「敷地」の意味など、全然知りませんでした。
さらに、
祭神の木花咲耶姫とその親神・大山祇神、
そして姉・磐長姫の悲話
今に生きる神話の醍醐味を堪能しました。

それに本殿の妻飾りのきれいなこと!
思わず一同写真撮影会となりました。
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見事な流造の本殿 眼を瞠る妻飾りの美しさを堪能

しかし、
本殿の祭神より大事な神様が隣の六勝神社におられること。
この六勝神社と境内参道を通じて正対する古墳の意味。
付近にある六請神社との関係など。
初めて聞く話の連続でしたが、とても面白く、興味深いものでした。
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大北山の地霊神を祀る六勝神社拝殿 驚きの秘密が!


晴天に恵まれた絶好の環境での
金閣寺とわら天神の案内。
世界遺産の魅力と
京都の地霊神の秘密を堪能できた一日でした。
五月の行事報告は追ってアップします。
どうぞ、お楽しみに。

京都世界遺産現地案内会「宇治上神社界隈を歩く」


3月21日、祝日の月曜、
京都・清遊の会主催の世界遺産現地案内
「宇治上神社界隈を歩く」を行いました。
前日から降り出した雨が心配されましたが、
当日朝、京阪電車が宇治駅に到着する頃には
ほとんど雨は上がっていました。
さすが清遊の会、みんなの気持ちが通じたのか
雨天の予報でも降らないんですね。
さて、参加のみなさんが駅前に集合され出発です。

まずは莵道稚郎子の墓とされている
通称宇治墓にむかいます。

ここはこんもりとした円丘状になっていてきれいに整備されていますが、林の中から聞こえる鷺の鳴き声がちょっと気味悪いところ。
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菟道稚郎子の墓と比定された宇治川畔の宇治墓

なぜここが莵道稚郎子の墓とされたのか?
みなさん、熱心に堤講師の説明に耳を傾けられています。
話を聞くほど驚きの内容。
「山上に葬る」と記録に書かれるにも関わらず、川の側に、
しかももともと墓ですらない土盛りを、
わざわざ成形し直して体裁を整えたのが現在の宇治墓……。
不気味な鳥の鳴き声はその叫びかも!?
しかし曲がりなりにも指定御陵を目近に見学できて
それはそれで楽しいひと時でした。

続いて太閤堤の話。
豊臣秀吉が文禄三年(1594)に伏見城を築いた際、
宇治川に作った大堤防の跡です。
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出来立てホヤホヤの史跡太閤堤石碑。

ちょうどこの宇治墓に添って発掘され、
見学会が行われました。
いま立っているところがそうなんです。
もう埋め戻されて見ることはできませんが。

川堤には茶園が広がっていました。
寒冷紗という覆いが見えます。
ここで足を止めて堤講師から宇治茶の話を聴きました。
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史跡太閤堤の真上に、宇治川の朝霧をたっぷり吸って育つ
宇治茶の覆下栽培風景。

これは覆下茶園といって宇治独特の製茶風景です。
いまは広く行われていますが、この宇治が発祥。
本来は葭簀を張り、
抹茶と玉露という高級茶のみ栽培されます。
太陽の光線を寒冷紗でだんだんカットしていくことで
お茶の甘味が増すこと、
宇治川の朝霧が茶の生育に必要なことなどなど。
一心一葉という言葉も始めて聞きます。
茶葉にはやわらかい新芽も見えました。

京阪宇治駅に戻った一行は、
すぐ隣の『源氏物語』宇治十帖「東屋」の古跡を訪ねました。
東屋観音と呼ばれていますが、
もしかしたら大日如来かも、と講師。
なんていいお顔の仏さまでしょう。
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宇治十帖「東屋」の古跡。東屋観音。見事な石像です。

ここで一行はお昼の休憩です。

午後、最初に立ち寄ったのは橋寺放生院。
歴史は古く、秦河勝が聖徳太子の
念持仏を祀る地蔵堂を建てたことに由来します。
ここで知られているのは、「宇治橋断碑」。
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覆われて何も見えない宇治橋断碑。見学料も期間も時間も
指定されています。

「多賀城碑」「多胡碑」とともに
日本三古碑のうちのひとつです。
元興寺の道登が
宇治川に橋を架けた出来事が刻まれています。
現在の石碑は境内から発掘された
上部三分の一に残りを復元して接合させたもの。
昔は誰でも拝見できたのですが、
今はお金を払わないと見ることはできません。
文化財は誰のものか、考えさせられる講師の話でした。

朝霧橋の近くに「離宮水」と書かれた湧き水がありました。
さすが茶どころ、石臼の形をしています。
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湧き水「離宮水」 石臼形の水盤がユニーク。

名水桐原水と同じ水源だとか。

離宮水から少し戻り、さわらびの道沿いに鎮座する
又振神社で解説がありました。
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「又振神社」での解説。小さい社の大きな歴史。

怨霊となった藤原忠文を祀る小さな社ですが、
「宇治十帖」にも登場し、
浮舟が歌にこの社の名を読み込み、
匂宮に宇治にいることを見破られる
重要な役どころを演じる社でもあります。
歴史上の出来事と小説の構想が出会い、
虚と実が交錯する舞台として現在も目の前にある。
それが宇治という歴史の町なのかもしれません、と講師。
胸に響きました。

宇治川の豊かな水量と
流れの急なことに驚きながらも楽しい散策です。
興聖寺へ向かいます。
京都には数少ない曹洞宗の古刹。
しかも道元によって建てられた
日本最初の曹洞宗寺院なのです。
参道は琴坂という宇治十二景の一つ。なかなかの坂道です。
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春の桜、秋の紅葉、そして山吹の季節は最高の琴坂。

登り切ったところには
建仁寺竹田益州老師と
表千家即中斎宗匠が「抛筌」、
裏千家淡々斎宗匠が「謝茶」
と揮毫された茶筅塚が。
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お茶、そして茶道との縁を示す茶筅塚。

興聖寺が建てられた場所は、
かつて宇治七名園のひとつであった
朝日茶園の跡なのです。
元のお仕事の関係で、お茶に関わる講師の話は
さすがに興味深いものがあります。

さて境内へ。
ここは観光寺院ではなく、
日々厳しい修行が続けられている僧堂(専門道場)です。
張り詰めた空気が境内に漂い、
掃き清められた清浄な空間で、
禅と茶に明るい講師の話は、
とても面白く、ためになります。
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環境と修行が造り出す清浄な境内。興聖寺。

鐘楼、本堂、血天井、開山堂、禅堂など、
その場、その場での的確な説明がわかりやすいものでした。
それにしても日本では七福神の一人で、
福の神である大黒さんが
インドでは暗黒を司る怖い神様だったとは驚きました。
弁財天と毘沙門天とが一体となった三面大黒さん、
色鮮やかでしたね。
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少々怖い雰囲気の三面大黒さん。

再び琴坂を下り、福寿園で休憩をとった一行は、
源氏物語に横川の僧都として登場する
恵心僧都源信が開いた恵心院へと向かいます。
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宇治川を見下ろし、鳳凰堂を見晴るかす恵心院。

平安時代後期の十一面観音を本尊にもつこの古刹は、
光源氏の弟である八の宮が説法を聞きに訪れた
風情を感じさせる宇治川を見下ろす高台の景勝地にあり、
現ご住職の丹精された花畑が見る人の心を和ませます。
河津桜や三春滝桜も見事でした。

一行は本日のメインである宇治神社と宇治上神社へ。
宇治神社参道には「菟道」地名の由来となった
兎の手水鉢が参拝者を迎えてくれます。
周到に置かれた鏡が憎い演出ですね。
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今年の初詣には大変な賑わいを見せた手水鉢。

宇治神社でのお話はとても深く、広く、
ここに書けるような内容ではありません。
ただ、上下一体といいながら
上社と下社で違う社殿の形や、
摂末社に祀られた祭神の違い、
祭礼のあり方や地域との結びつきなどから、
宇治神社は宇治上神社とではなく、
対岸の県神社との関係のなかで
考証されなければならないという話には説得力がありました。
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桐原日桁宮跡を示す宇治神社拝殿「桐原殿」

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宇治神社本殿。確かに宇治上神社と違う形ですね。

そして本日の目的地、
世界遺産の宇治上神社へ向かいました。
国宝の拝殿と本殿。
宇治七名水で唯一残る桐原水。
摂社の春日神社。
境内に点在する巨石の意味。
一つ一つが興味深い話の連続。
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難しいけれど興味津々の話の連続。

おまけに末社の香椎社の前で話が始まるや、
それまでの雨模様が一転、温かい陽射しが注ぎ始めました。
まるで講師の熱い想いにお日様が応えたよう。
しかし、香坂皇子に忍熊皇子。
怨みをのんで死んだ仲哀天皇の正統な
皇位継承者を祀る社がどうしてないのか。
なぜここだけ神功皇后と武内宿禰を
祭神として並祀するのか。
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神功皇后と武内宿禰を祀る香椎社

そして何よりも、独特の形態を示す本殿の
三社の配置と大きさに籠められた意味とは。
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中殿だけが異様に小さく、屋根も独立する本殿内部

講師の話はまるで推理小説を読んでいるように
次々に転回していきます。座学と違い、
目の前にそれぞれのお社があるだけに迫力を感じます。
それにしても天皇家の秘密や祭神の話など、
知らないことがいっぱいあって本当に興味が尽きません。
次の平等院の時の、対岸の宇治散策が今から愉しみです。