清遊ブログ  辰歳はじめ 雪の朝に

新しい年が明け、初めての雪が降りました。
雪は吉兆のしるし。
ことしが佳き年となりますように願い、折々に再びブログを書かせていただきたいと思います。
相も変わらず拙いものですがご覧いただければ幸いです。

うっすら雪化粧した町の風景。
朝方はかなり降っていたようですが、だんだんやんできました。じきに融けてしまうかもしれません。
まずお山(比叡山)を見たいと思って出てきたのですが…。
北山通りを賀茂川に出て、加茂街道を南へ。
残念ながら曇っていて見えません。代わりに薄化粧した大文字山の姿が。これは京都に住んでいると馴染みの風景かもしれませんけれど。
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やはりホームグラウンド?の大徳寺山内に戻って来ました(笑)。
高桐院の石畳。翠の松が雪を被って新年にふさわしい趣。
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そういえば、お気づきかもしれませんが、このホームページの表紙デザインも高桐院の雪景色です。

北側に回って竹林を見上げるとしんとして澄んだ空気。
粉雪が舞っています。
耳を澄ますと鳥のさえずり。
風が吹いて竹がざわざわ鳴る音。
聞こえるのは自然の音だけです。
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向かい側の龍翔寺。龍翔寺は修行道場ですが、そのせいでしょうか、やはりピンと張りつめた空気を感じます。
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ここはいつ来ても静かで清々しいところです。

大徳寺は龍宝山の山号を持ちますが、山内の塔頭も龍の名を冠するところがいくつかあります。
この龍翔寺もそうですし、龍光院、龍源院、龍泉庵なども。
大徳寺の近くの船岡山には東麓に大池があり、山の東端が池中に突き出し、それが海に浮かぶ大船のようであったところから船岡と呼ばれたと堤講師から教わりました。
その大池に棲む龍という意から大徳寺を龍宝山と名付けたのだそうです。

さて、新年も5日ともなれば町の中は日常の顔に戻っています。
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なにやら面白そうなものを見つけました。

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ここは堀川今出川の交差点。和菓子の鶴屋吉信さん。
表のディスプレイは「嵯峨面」と餅花のお飾りでした。
嵯峨面は十二支のお面が並んでいます。
(子、丑、)寅、卯…。
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ありました!辰…お隣は来年の干支・巳さんですね。
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午、未…。
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嵯峨釈迦堂(清涼寺)では古くから大念仏狂言が行われていますが、この大念仏狂言で使われる面を模して作られたのが嵯峨面だそうです。
江戸時代以降、厄除けや魔除けとして寺社の門前で売られていましたが、戦時中に完全に途絶え、復興したのが、初代藤原孚石氏。
赤鬼、青鬼、お多福、ひょっとこ、武悪面、不動明王などあり、それぞれに素朴で味わい深いものです。「張り子」といわれる手法で、古書をさばいて面型に張り込んで作られているのだそうです。
 餅花にも辰が飾られて、愉快そうに空中でゆらゆら踊っています。
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嵯峨面に誘われて広々した店内へ。
ウインドウを覗きこみ…いろいろと迷いながらも、辰()の意匠から主菓子と干菓子を選びました。
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主菓子のじょうよ饅頭は龍頭の宝船。
龍頭というと大沢の池、観月の風景を連想してしまいますが、宝船となるといっそう豪華ですね。
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お干菓子は辰車。かわいらしい辰です。
 
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こんなものもありました。この本店だけで販売されている「観世井」のお菓子。
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すぐ近くの西陣中央小学校に、足利義満から観阿弥清次が拝領したと伝わる屋敷地があり、観世水
(かんぜみず)と呼ばれる井戸跡があります。

この井戸の渦を巻いて湧く波紋が観世流の紋様である水巻模様のもとになったといわれ、井戸の脇にある観世稲荷社には観世龍王と一足稲荷が祀られています。
昨秋、紫野・西陣案内で訪ねたばかりですが、「観世井」のお菓子を見て思い出してしまいました。
この鶴屋吉信本店の前には「舟橋」の石碑が建っています。

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古くから舟橋と呼ばれ、堀川が氾濫すると舟をつないだところからそう呼ばれた由。
また「京町鑑」では足利尊氏の執事・高師直の邸があり、泉殿の下に舟橋をうかべて結構をつくしたのが地名になったと記されている等。
ご存じのとおり、なによりここは応仁の乱で西軍の山名宗全らの陣がおかれたところ。もう少し西に行くと今出川通りに「西陣」の碑が建っています。
またまたローカルなご紹介になってしまいました。
ローカルついでに、昨秋のご案内の折にはまだ咲いていませんでしたので、
妙蓮寺椿と、同じく妙蓮寺のお会式桜をご覧ください。
いずれも年末に撮ったものです。
 


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すこし華やいだ気分になっていただけたでしょうか。
このブログでは季節の風景、風物といったものをご紹介したいと思っておりますが、どうなりますことやら…。
どうか気長にお付き合いください。それではまた。

        

謹賀新年

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新年明けまして
おめでとうございます

平成二十四年 壬辰年の始まりです。
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「龍」一字

皆様、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年は未曾有の大災害に堤講師の大病と、
まさに逆風の一年となりました。
被災者の方々はまだ
言語に絶する困難と直面しておられますし
堤講師もまだ次の手術を控えています。

新玉の年の初めとはいえ、胸のうちは

深草の野辺の桜し心あらば
今年ばかりは墨染めに咲け 
上野岑雄


という歌の心境ではあります。

しかし、こんなときだからこそ下を向かず
前を向いて歩いて参りたいと思います。
その意味を込めて冒頭に
ある方の、茶碗と龍の大字
の写真を掲載しました。
この豊かな彩りに満ちた作品と
躍動感溢れる書を
是非心の隅にお留め頂ければ幸いです。

むかし見し救世観音のほほ笑みを
年の初めにかへりみまつる
 吉井勇
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救世観音(資料画像)

京都・清遊の会では、昨年活動を休止した分を取り返すべく
本年は精力的に催しを行っていきたいと思っています。

状況次第ではありますが、
本年は今月七日の堤講師の特別講座を皮切りに
中断していた世界遺産講座は三月から再開予定、
五月には大河ドラマにちなんで
清盛と中世芸能の世界

をテーマに堤講師と井上講師の対談と
井上講師による白拍子舞
さらには吉例の季節の和菓子講座も企画しています。

どうぞ、皆様には倍旧のご支援を賜り、一人でも多くの方が
ご参加下さいますよう、心よりお願い申し上げます。
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京都岡崎・須賀神社 手水鉢の龍

清遊クイズ

辰歳に寄せて 清遊クイズ!

平素より京都・清遊の会の催しにご参加頂き、有難うございます。
1月7日開催予定の堤講師の「続 堤流京都の学び方」の当ブログご案内に掲載した写真の場所はおわかりになりましたか?

①の寺院は「鹿王院」
②の神社は「藤森神社」
③の神社は「梅宮大社」でした。

いずれも堤講師お気に入りの社寺だそうです。
易しかったですか? 難しかったですか?
何気なく載せたのですが、結構好評でしたので、このような写真問題を適宜当ブログにて掲載しようと思います。
それぞれの解答は約半月からひと月後くらいに掲載します。

では問題。
来年は辰歳です。
初詣にはおそらく辰(龍)にゆかりの神社が賑わいをみせることと思われます。
そこで、辰にゆかりの神社や人物に関するクイズを出題します。
何も見ないで即答できた方は相当な京都通です。

神社編
辰の名を持つ神社です。
画像をみてどこの神社か当ててください。
次にその神社にゆかりの問題を出題します。

難易度レベル1
①どこの神社でしょう。
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関連問題
①の神社には「お辰きつね」という琴の得意なキツネが祀られているとされていますが、このお辰きつねと並んで「京の風流きつね」とされるのはなんというキツネでどこに祀られているでしょう。

 

難易度レベル2

②京には辰巳稲荷の名を持つ社がいくつかあります。
有名なのは祇園巽橋のたもとに鎮座する辰巳大明神ですが、写真の辰巳稲荷はどこの神社の境内に祀られているでしょう。
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関連問題
②の社が祀られている神社にはある有名な日本画家でもある文人が宮司を務めていました。さてその文人とは誰でしょう。

②の社が祀られている神社の境内には、ある有名な日本画家ゆかりの枝垂桜が見事な花を咲かせます。ではその日本画家とは誰でしょう。


辰といえば龍。
京都には龍の絵が描かれた禅寺の法堂や龍が描かれた襖絵を持つ寺社などが数多くありますが、なかでもとりわけその圧倒的な存在感で知られる拝殿をもつ神社があります。

難易度レベル3
③東山区にある神社の拝殿天井です。長さ8メートルという木彫りの龍が超弩級の迫力を見せています。辰歳に初詣で賑わいそうなこの神社とはどこでしょうか。
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関連問題
③の神社はある百貨店を創業した一族が代々深く信仰し、多くの援助を行ったことで知られています。現在の社殿の多くもこの一族の寄贈になります。この百貨店と一族の名前は何でしょう。一族名は○○家で結構です。
お分かりになりましたか? 易しかったですね(笑)
では、次に参りましょう。

人物編
次は名前に「辰」の字を持つ京都ゆかりの人物に関する問題です。
肖像写真を見てその人の名前を答えましょう。
各人物につき、その人を象徴する画像を二枚つけていますので、ヒントにしてください。

難易度レベル1
④この人物は誰でしょう? 建築家です。
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ヒント1 旧日本銀行京都支店
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ヒント2 旧第一銀行京都支店
関連問題
④の人物に薫陶を受けた人物で、平安神宮や祇園閣を設計したことで知られる建築家は誰でしょう。

難易度レベル2
⑤この人物は誰でしょう? 工芸作家です。
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ヒント1 耀貝螺鈿蒔絵箱
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ヒント2 カフェ進々堂
関連問題
⑤の人物が柳宗悦の呼びかけに応じて、浜田庄司、青田五良らと設立し、京都における民芸運動の拠点となった団体の名称は何でしょう?

難易度レベル3
⑥この人物は誰でしょう? 歴史学者です。
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ヒント1 嵯峨本(謡本)
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ヒント2 祇園祭
関連問題
⑥の人物は日本史研究に多大な貢献を果たしましたが、とくに芸能史研究に顕著な足跡を残しました。では彼が芸能史研究を行う上で三つの柱とした研究とは、部落史研究、地方史研究ともう一つは何の研究でしょう。
如何でしたか?
年末も押し迫ったこの時期にまた頭の痛いこと!
と思っておられる方もおられるでしょうか(笑)
この答えは1月7日の特別講座でも
講師からお答えと解説があるとは思いますが
このブログでも来月半ばには解答を掲載する予定です。
当初は清遊検定といったものにしようか
とも思いましたが、あまりハードルを上げると
自分の首を絞めそうなので(汗、汗)
清遊クイズ、としてとりあえずスタートすることにします。
皆様、年末年始のひととき。
当クイズでしばし京都に思いを馳せていただき、
また新たな京都の魅力発見の旅に
京都・清遊の会の催しとともに出かけましょう!
今年一年間本当にお世話になりました。
また、皆様にはご迷惑をおかけし
申し訳ございませんでした。
来年こそは素晴らしい年になりますよう
心より祈念いたしております。
どうぞ、どうぞ、皆様良いお年をお迎え下さいませ。

顔見世講座 報告

123日、井上由理子講師による「京都顔見世講座」が行われました。「顔見世講座」は昨年に続いて第二回目。 

お話は出雲の阿国が京都・四条河原でおこなった「かぶき踊り」から始まり、
遊女かぶき、若衆かぶき、野郎かぶきを経て現在の歌舞伎に続く流れ。
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  鴨川沿いにたたずむ阿国の像(川端通四条上ル)
そして南座の歴史などなど。先生の資料のおかげで初めて「やぐら」の興業についても知りました。

今年は南座の大改装から20周年で、緞帳が新調されましたが、幕ひとつとっても深いものですね。まねきや竹馬についても貴重な話をうかがいました。
 

後半は、演目について。舞台となった風景などを紹介しながら今年の見どころを。
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芸能通の先生だけに、芝居の中身が熱く語られ、思わず話に引きこまれてしまいます。

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なるほど!
顔見世に行く前に先生のお話が聴けて、お芝居の展開、見どころ、聴きどころがよくわかりました。

皆さんまた楽しみが倍増したようです。 


井上先生の「顔見世講座」ぜひ来年も聴かせていただきたいです。ぜひお楽しみに!
そして今年の顔見世を観覧予定のみなさま、いってらっしゃい!


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鷹ヶ峰界隈を歩く 報告

11月19日、鷹ヶ峰の三つの寺院を訪ねました。
鷹ヶ峰は、京都市内の北方に位置し、三ヶ峰(天ヶ峰・鷲ヶ峰・鷹ヶ峰)を望む静かな土地。
江戸の始め、本阿弥光悦が徳川家康から土地を与えられ、一族・縁者ともに移り住み、芸術村をつくったといわれますが、
光悦をはじめ、ここに住んだ人々は皆、熱心な法華宗の信者であり、信仰によって深く結びついておりました。
鷹ヶ峰街道の坂道を上ると、突き当たりが「源光庵」。この一角に、今回訪ねるお寺群が並んでいます。
(当日も含めて写真の撮影日はさまざまです。)
まずは、圓成寺(えんじょうじ)へ。
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通称を岩戸妙見宮(いわとみょうけんぐう)といい、目の神様である妙見様をお祀りされていますが、
山号を清雲山、寺号を圓成寺という日蓮宗の寺院でもあります。

当日は朝からあいにくの雨。
午後になり、妙見さんに着く頃にはすこし明るくなってきました。
妙見宮は古代の古墳をそのまま利用したもので、前室が拝殿、玄室が本殿となっている見るからに不思議な建物です。
本尊は妙見大菩薩。妙見大菩薩とは北極星と北斗七星を神格化した菩薩のこと。
その姿は亀の背に乗り、右手に剣、左手に蛇を持ち、頭上に北斗星を戴いておられます。
眼光は鋭く、犯しがたい厳しさのなかにも慈愛に満ちておられます。
妙見大菩薩は別名、玄武神とも、また道教にいう泰山府君の別名として鎮宅霊符神とも呼ばれます。
妙見宮の歴史は桓武天皇による平安遷都に遡ります。
遷都にさいして、内裏の四方に妙見大菩薩を祀り、王城鎮護を祈願する官寺が建てられました。
それが霊巌寺というお寺で、現在の五山の送り火の一つ、舟形で有名な船山の南麓に
あったと伝えられています。

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江戸時代になり、本満寺の日任(にっとう)上人がこの地に復興、妙見霊場とされました。
妙見宮では毎月、一日と十五日に開扉され、ご本尊を拝むことができます。

境内をまわり、住職の代替わりに際して姿を現すという白蛇を祀る白雲弁財天、
痔の神様として著名な秋山自雲霊神(しゅうざんじうんれいしん)、
この寺が修行の寺であることを示す巌門(いわと)の滝、
築城の達人として知られる加藤清正公が勧請したという大黒天像、
さらに江戸時代の儒者で千宗旦四天王と呼ばれる弟子のひとりである三宅亡羊(みやけぼうよう)の墓などを見学しました。
今年は暖冬の影響で京都の紅葉はいまひとつ見どころに乏しいなか、ここの境内は見事な色づきを見せており、
境内の緑の苔に映え、雨の滴がしたたり、実に素晴らしい佇まいでした。これは実際に行った方でないと味わえないものです。

圓成寺の本堂では、本尊日蓮上人像と両側に鬼子母神尊像、大黒天尊像が祀られています。
ここは本当に不思議なところなのですが、皆さんが一番驚かれたのは
実は山門をはいってすぐ目にする「絵馬」でした。
長い年月のなかで完全に剥落し判別できなかった絵馬が、二条城の障壁画修復にも携わっておられる日本画家の大野俊明氏が修復を依頼され、
調査の結果苦労して復元した新しい絵馬を掲げると、なんと隣に掲げられていた古い絵馬に七福神が描かれた当時の姿が浮かび上がるという奇瑞が起こりました。
当時新聞にも紹介され話題を呼んだ出来事に皆さん興味津々のご様子でした。


その後、山門入口の台杉の話などしながら一行は圓成寺を後にし、源光庵へと向かいました。
圓成寺境内の写真撮影はできませんので、じっくり拝観されることをお勧めします。
妙見宮の北極星・北斗七星をかたどった紋をご覧ください。

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源光庵のお向かいにはナマコ壁が見事な遣迎院があります。
廬山寺、二尊院、般舟院と並んで御所の仏事を司った黒戸四ヶ院の一つで、
もともとは伏見にあり、京都御所の東、現在京都府立医科大学の図書館がある場所に移りましたが
明治四年の上地令により京都の著名な道具商土橋嘉兵衛の別荘地であった現在地に建物ごと買い取って移転しました。

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ここは浄土真宗遣迎院派の本山となっていますが、いわゆる本願寺系の浄土真宗ではなく比叡山延暦寺の天台浄土宗系のお寺です。
このお寺の末寺に血天井で知られる、今年の大河ドラマの主人公お江ゆかりの養源院があります。境内の雰囲気が似てますね。
建物は由緒あるもので、本堂は岡山藩の家老であり茶人でもあった伊木三猿斎(いきさんえんさい)の屋敷でした。
本能寺の変に際して播州三木の高松城を攻めていた秀吉が、報せを聞いて毛利輝元と和睦を行った由緒ある建物です。

本尊は発遣(ほっけん)の釈迦と来迎(らいごう)の弥陀を祀る、いわゆる二尊本尊で、二河白道の教えを説くものです。
このうち阿弥陀如来像は近年の修復に際して大発見がなされた仏像で、台座に嵌める臍(ほぞ)の墨書きから「安阿弥」の名が見つかり、この仏像が快慶作であることが判明したのみならず、残された胎内文書73枚には合計1万2千人におよぶ人名が記され、それらが源平の合戦で亡くなった武者たちの名前であることがわかりました。中には栄西や慈円などの著名な僧侶の名も記されており、源平合戦の戦死者を供養するために造られたことがわかったのです。
通りに面して何気なく佇むお寺ですが、京都のお寺は侮れない! のです。


さて源光庵に入ります。
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                          (12月2日撮影)

このお寺は日蓮宗の寺院が立ち並ぶ鷹ヶ峰の中にあって、禅宗、しかも京都では珍しい曹洞宗の寺院です。
しかし元々は大徳寺派の臨済宗寺院でした。それがなぜ今、曹洞宗になったのでしょう。

このお寺は血天井と丸と四角の二つの窓が観光の目玉となっていますが、お寺の本当の姿は決してそれだけではありません。
京都・清遊の会では、見逃されがちなお寺の歴史や魅力を紹介することを第一に考えています。そのためには是非ご参加いただき、実際にその場に立っていただきたいと願っています。
こうしたブログでは決して紹介できない素晴らしさと京都の奥深さを存分に味わっていただきたいのです。

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さて、このお寺が臨済宗から曹洞宗に代わったのは、中興といわれる卍山道白(まんざんどうはく)が入寺したおりに、ときの宗門の決まりに逆らってまで自分が受け継いだ道元の法を伝えなければという強い決意を表わしたからなのです。
当時は寺に伝わる「伽藍法」と人に伝わる「人法」の二つがあり、曹洞宗は伽藍法を採っていました。このお寺は臨済宗のお寺ですから、卍山がここに入るには曹洞宗を棄てて臨済宗に改宗しなければならなかったのですが、卍山は自分が受けた道元の禅こそ至高の禅という自負があり、宗門の慣習を破って自分が継いだ「人法」を採ったのです。山門に刻まれた「復古禅林」の由来です。

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現在、本堂裏に隣接する開山堂に座す卍山の像は、何者にも惑わされない不退転の決意を秘めた鋭い眼光を見せています。

さて、一行は二つの窓の前で、窓の説明もさることながら、脇床に置かれた卍山の偉業を顕彰する石碑を乗せた龍が生んだ九匹の子供(龍生九子)の一つ、「贔屓(ひいき)」の話を聞きました。
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亀だとばかり思っていたのに、立派な耳を持つこの奇妙な生き物が「贔屓役者」の語源になったと知りましたね。
その後、書院の襖絵の作者、山口雪渓についての話を聞き、その名前の由来に驚くとともに、先ほどの卍山顕彰碑の本歌が置かれた庭の素晴らしさを堪能しました。

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この頃になると雨も上がり、一行は常照寺へと坂道を下りました。
寂光山常照寺。立本寺派の日蓮宗寺院です。
このお寺も吉野太夫という世紀の芸妓の陰に隠れ、また花供養で知られる春の桜ばかりが有名ですが、深い樹木に覆われた見事な境内や、日蓮宗寺院ならではの刹堂など見どころ溢れる魅力寺院です。

まず参道入り口で説明です。
ほとんどの方が見逃して通り過ぎる石碑の台座に「檀林」のニ文字が。
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                 (12月2日撮影)

ここはかつて山城六檀林と呼ばれた日蓮宗の僧侶育成機関である檀林のひとつ、鷹ヶ峰檀林の地なのです。山城六檀林の場所や内容など詳しいレジュメをもとにひとしきり説明を聞いた一行は、吉野太夫寄進とされる朱塗りの門をくぐって境内へ。

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                          (12月2日撮影)

吉野が名妓であったことにちなみ、女性の帯を供養する中根金作氏作庭による「帯塚」や京都の日蓮宗寺院にはお馴染み、見事に咲いた「お会式桜」の可憐な花びらなどを愛でつつ、
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日蓮宗寺院独特の鬼子母神堂(もちろん鬼の字は上の角がありませんね)、
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地主神を祀る常富堂と順に見学し、吉野ゆかりの茶室「遺芳庵」、日乾上人を祀る開山堂、その裏に今も香華が絶えない吉野の墓を拝観しました。
遺芳庵は当日は閉められていましたので写真でご覧ください。
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  釜には富岡鉄斎筆「遺芳庵」の文字が鋳込まれています
「都をば花なき里となしにけり吉野を死出の山にうつして」とまで慟哭し、妻の死を悼んだ夫・灰屋紹益の墓に入らず、敬愛する日乾上人の側に眠る吉野。
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夫の墓は本寺である立本寺にあります。
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立本寺 灰屋一族の墓
そんな二人の隔てを惜しんだ比翼塚など近年建てられた新たな見どころを回り、本堂にお参りしました。
ご本尊は久遠実成本師釈迦牟尼仏と十界曼荼羅。

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その前に安置された日蓮上人の像はお会式(おえしき)中であり、真っ白な綿帽子を被っておられます。
この綿帽子は各寺院によって違いますが、小松原の法難の故事をもとに眉間を割られた血を意味する赤やオレンジの色を重ねるものもあれば、当寺のようにお寒くないようと老婆が差し出した真綿を示すものもあります。
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新しく作られた客殿にはここが檀林の地であることを示す本阿弥光悦による「学室」の扁額が飾られ、滅多に見られない文化財を拝見することができました。


朝から雨となり、傘をさしての見学と覚悟した出発でしたが、途中から雨があがり、常照寺を出た一行は、ここで一応解散とし、バスで帰る人、さらに鷹ヶ峰街道を下り、「しょうざん」庭園から金閣寺への道を同道する人など思い思いに分かれました。
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(12月2日撮影)
「しょうざん」への坂道から見る、雨上がりの霧に覆われた鷹ヶ峰の山容は紅葉の彩りに加え夕刻の幽邃な雰囲気をたたえてそれはそれは見事な景色です。本当に一人でも多くの方に見ていただきたかった光景でした。

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ここ、鷹ヶ峰の地は、冒頭にご紹介しましたように本阿弥光悦という稀代の文化人ゆかりの地です。今回は拝観しなかった光悦寺は光悦の屋敷跡であり、その位牌堂を没後に寺としたもの。光悦は江戸時代を通じてわが国を代表する芸術の巨人です。
この地は光悦を初めとする本阿弥一族が結集し、文化芸術活動を行うとともに、一族の宗旨である日蓮への憧憬、そして法華経への帰依に生きた信仰の地でもあります。
紅葉の鷹ヶ峰として有名な京都屈指の観光地ですが、ここの紅葉は単なる秋の彩りではなく、芸術一族本阿弥家の題目の声を聞いて育った信仰の紅葉でもあるのです。
当日は圓成寺のご住職、常照寺のご住職からもお話をうかがうことができ、やはりこの地が信仰の地であるという思いを強くいたしました。
清遊の会は今後も上質な京都のご案内を提供してまいります。ブログやレジュメだけでは決してお伝えできない、現地ならではの醍醐味を是非ご堪能ください。
最後に、今回の鷹ヶ峰訪問も堤先生から資料その他数々のご教示をいただきました。感謝してお礼申し上げます。