桜だよりはことのほか早く、京都も各地で花見の頃となりました。
皆さまにはいかがお過ごしでしょうか。
お彼岸の三月二十日、祇園一力(いちりき)で行われる「大石忌」にうかがいました。
この日は大石内蔵助(くらのすけ)の命日にあたります。
大石内蔵助はもと赤穂藩筆頭家老で、元禄15年、藩主の主君浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の無念を晴らすため、赤穂の浪士四十七士を率いて吉良上野介(きらこうずけのすけ)邸に討ち入り、家人、警護人もろとも上野介を討ち果たし本懐を遂げた世にいう元禄赤穂事件の中心人物。
これに題材を得てできたのが人形浄瑠璃や歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』(かなでほんちゅうしんぐら)。
大石忌は内蔵助を偲んで、『仮名手本忠臣蔵』の七段目「祇園一力茶屋の場」で知られるここ一力亭で行われます。
祇園で屈指のお茶屋、一力亭は四条花見小路の南東角。花見小路通りには早くから行列ができています。
案内がありいよいよ中へ。
玄関へあがると、はなやかな衣裳に身を包んだ芸舞妓さんがお出迎え。
クラクラするほどきれいです!
こんなに真近で見られるなんて、と早くも興奮。
「万亭」(まんてい)の額。正式には万亭ですが、万の字を一と力に分けて一力亭。
やはり廊下に芸舞妓さんが。通り過ぎるだけなのが惜しいです。お客も大勢いらっしゃるのと興奮とで、ゆっくり撮れず、これにかぎらずブレている写真が多いので先にお詫びしておきます。
二階の広間へ案内されました。
ここでは「討ち入りそば」が振舞われています。熱々のお蕎麦。
芸妓さんがきりりとした前掛け姿でお運びしてくださり、また見とれてしまい…。
次は階下に降りてお茶席へ。ここも舞妓さん方が接待、またまた目が眩むよう。どの角度から見ても美しいです。
お菓子は「巴饅」とあります。
大石の家紋「二つ巴紋」の薯蕷饅頭に同じく巴紋の落雁(らくがん)を添えて。大きなおまんに、落雁は弾力があり初めていただく食感です。虎屋製。
お茶が運ばれました。
やわらかな色合いの茶碗に点てられた一服は柳に桜の景色。春の情感が漂います。詰めは柳桜園(りゅうおうえん)。茶碗はやはり二つ巴紋の彫りがありました。
お茶もお菓子もおいしくいただき、ため息がでるような光景のお座敷でしばしほっこりです。
お道具はほとんどが千家十職(せんけじゅっしょく)の手になります。
格調ある真塗台子(しんぬりだいす)は柱に桜と巴紋が蒔絵されています。
塗師(ぬし)中村宗哲家の先々代、元斎宗哲の作。
水指、建水、蓋置、柄杓立の皆具(かいぐ)一式は、仁清写し桜の絵と七宝紋が施されています。流水にさまざまの桜。はんなりした意匠。今日の一力のお座敷そのままのような…。
京焼の永楽善五郎家の先代、即全作。
右側にあるのは志野の替茶碗です。
茶器は袖形巴紋白檀塗(びゃくだんぬり)雪吹(ふぶき)と会記にありました。
茶碗は天に紅の白楽。かんざしの画。茶杓は銘「春宵」。裏に巴紋の蒔絵。
茶器は一閑張り細工師、先代飛来一閑(ひきいっかん)作。
茶碗は楽吉左衛門家の先代、覚入の作。
この道具組─
茶器の山形模様からは大石内蔵助扮する「大星由良之助」を、茶碗は簪(かんざし)の絵から遊女「おかる」を見立ててのことかも。
茶屋で遊蕩に身をやつし酒に酔うお大尽、由良之助。その由良之助が文読む姿を二階から覗き、簪を落としてしまうおかる。見られたことに気づいた由良之助はおかるに身請け話を切り出すのですが…。
京都では平成22年に師走の「顔見世」で、由良之助を吉右衛門が、おかるを玉三郎が演じ、豪華な配役で喝采を浴びました。
風炉先屏風は「雪路」の画とあり、雪のなかに足跡が続くさまが描かれています。
討ち入りは雪の夜に。そして茶屋での遊びは春の宵に─。
雪路や桜の絵模様をバックに、登場人物が繰り広げるお芝居の世界。
床は大石の文(ふみ)。
竹置筒(おきづつ)花入に袖かくし椿と貝母(ばいも)が生けられて。
「文」に「袖かくし─」とは意味深、やはりこの場面…。
由良之助とおかる。そして縁の下には九太夫が身を隠し、由良之助が縁側で垂らして読む文を下で九太夫が盗み読むという複雑な人間模様…。
まだまだ連想の余韻を引きずりながらも次の案内へまいります。
次の間にはたくさんの書画が掛かり、ゆかりの道具や箱書きなどが並べられておりました。
目にとまったのは女人が一心に筆を走らせている画幅。題は「塩冶高貞妻」。
美人画の名手・伊藤小坡(いとうしょうは)の作。
塩冶高貞(えんやたかさだ)は塩冶判官(えんやはんがん)のこと。
『仮名手本忠臣蔵』では播州赤穂藩の藩主・浅野内匠頭は「塩冶判官」(播州の名産・赤穂の塩からの連想)として、
また幕府高家肝煎(こうけきもいり)・吉良上野介は「高師直」(高家旗本からの連想)として登場しています。
憂いをたたえたような横顔に小坡の繊細な画風が偲ばれました。
ほかにも─
大石主税(ちから)の手造り茶碗。
「由良鬼」茶杓は西山松之助氏の作。
さきにご紹介しました茶席の会記や箱書付も並べられています。
お道具はすべて表千家先代即中斎(そくちゅうさい)宗匠の書付でした。
祇園をこよなく愛されたであろう即中斎宗匠の指導のもと、当時の十職が製作したもの。
一つ一つの道具は用途だけでなく、主題の意匠としての役割をも担い、皆が集まって一会の道具組となります。想像を働かせて「趣向」や「見立て」を読み解くことは茶会の楽しみでもあります。
次に案内されたのは─
内蔵助像にお茶とお菓子が供えられ、お仏壇には四十七士の小さな木像が置かれています。
皆さん、手を合わせてお参りされます。
いつのまにか雨が降りだし、お庭は木々や庭石が濡れてしっとりした風情に。
隣の間。壁に立てかけてあるのは由良之助の茶屋遊びが描かれた二双の屏風。
ここでは井上八千代さんの舞「深き心」が披露されます。
部屋いっぱいの人、人。皆さんお待ちかね。
仇討ちの本心を隠し、遊興三昧に見せる由良之助の心情を一心に舞われ、いっときも目を離すことができません。
つづいて芸妓さん三人の舞「宿の榮」。
撮影はできませんでしたので、舞い終え挨拶されたところのみの写真ですが、高揚した会場の雰囲気が少しでも伝わるでしょうか。
一力亭の大石忌にうかがい、茶道具や芸術品の数々を拝見し、さらに京舞を鑑賞し、芸舞妓さんを間近で見られてまるで夢のようなひとときでした。
もう幾日も経つのにいまだ夢覚めやらぬ今日この頃。
さあ桜が咲いて都をどりも幕開けですね。祇園もいよいよはなやかな時を迎えます。
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