平泉と萩

爽やかな秋の訪れを感じさせる頃となりました。

10月18日の「堤先生を慕う会」は予定通り行わせていただきます。気をつけてお越しください。

夏の暑さに疲れきった頃、萩がこぼれるような可憐な花を咲かせます。先日訪れた平泉・毛越寺(もうつうじ)では萩が見頃でした。

京都からは遠いのですが、堤先生から「義経の嘘」というタイトルで講義をしていただいたことがありました。

平泉といえば栄華を誇った奥州藤原三代が築いた奥州最大の政都。その仏国土をあらわすといわれる中尊寺金色堂。そして何といっても中心は京の義経の平泉への潜行ルートのお話。そして京都にあったといわれる平泉第(だい)。

地図と資料を駆使し京都と平泉を行ったり来たりしながら、歴史の謎を探り、解き明かしてゆかれるそのお話にどんなにわくわくしたことでしょう!

その講義を聴いて以来、平泉は憧れの、いつか訪れてみたい所でした。

ミヤギノハギは、歌枕の「宮城野の萩」にちなむといわれ、宮城県の県花となっていますが、ここ岩手の毛越寺でも三種類の萩500株が植えられているそうです。

 

毛越寺の浄土庭園。澄んだ空気のなか、大泉(おおいずみ)が池をめぐりました。心地よさは大自然に包まれているからでしょうか。

延年の舞が行われるという常行堂の横には遣水(やりみず)の遺構があり、池へそそいでいます。

青楓もすこーし色づき始めています。お地蔵さまもお堂の傍らで微笑んでおられます。

中尊寺へ。

月見坂を上り奥へ。下は弁慶堂です。木の根がびっしり覆っています。

本堂の庭にも萩が咲いていました。

金色堂の荘厳に圧倒され、外へ出て境内のお堂や苔むした庭を散策するうちその興奮が静まるようでした。

京都の萩といえば梨の木神社、常林寺。先生の現地案内がありました。先生には四季折々に咲く花や紅葉の名所をたくさん教えていただきました。

そして、夏の終わりは秋の初めに、さらに秋の終わりは冬の始まりにとつながる、「あわい」の時季。「間」とあてはめてよいのかどうか……。

季節の移りかわる時を先生は敏感に感じ取っておられました。

まだ暑さが残りつつ秋へと移行してゆく、萩の咲くこの時季に、思いがけず当地で思い出した先生の言葉です。

「堤先生を慕う会」のお知らせ

残暑なお厳しい折柄、お見舞いを申し上げます。

堤講師が亡くなられ、早三か月が経とうとしております。先生は、お元気な講座姿のままで、皆さまのご記憶に残っていることと存じます。お別れをされることなく逝ってしまわれた先生を想い、ひとときを設けたくご案内いたします。

新型コロナ感染の影響を考慮し、一斉にお集まりいただくことはせず、ご都合のよい時間にお越しいただき、お花を手向けていただけましたら幸いです。
くれぐれもご無理をされませんよう、お願いいたします。

「堤先生を慕う会」
10月18日(日) 午後1時~4時頃
職員会館かもがわ 2階 会議室、和室(月の間)
(河原町丸太町下ル二筋目を東へ突当り TEL 075-256-1307)
                ※平服でお越しください。

なお、京都・清遊の会の講座ならびに現地案内等は、コロナ禍対策も含め、皆様に、安心してお越しいただける時期となりましたら再開させていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
     京都・清遊の会 事務局
     HP https://kyo-seiyu.info/

ホームページ移転のお知らせ

京都・清遊の会は、このたび、ホームページをこちらのサイトに引っ越しました。
スマートフォンでも見やすくなりましたので、ぜひご覧ください。
どうぞよろしくお願いいたします。
新HPアドレス https://kyo-seiyu.info/

 京都・清遊の会 事務局


         写真は舞鶴湾の風景です。

夏空に  

暑中お見舞い申し上げます。
ようやくの梅雨明けです。
 
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大蓮寺(左京区東山二条西入下ル)では蓮が美しく咲いています。
 
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ここは2017年の秋に堤講師が現地案内をされました。
慶長5年(1600)開基の浄土宗寺院。
本尊は通称「あんさん(安産)阿弥陀如来」。後光明天皇(1633~1654)の内親王が無事出生されたことで安産の祈願所として信仰を集めたといいます。
 
 
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八坂神社とも縁が深く、明治の廃仏毀釈で、祇園感神院の境内にあった観慶寺が廃絶した後、観慶寺にあった仏像がすべて移されているそうです。
そのうちの「薬師如来像」は、疫病退散を願って、現在本堂に安置されています。
堂外よりの遥拝にはなりますが、お参りできます。
 
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  重文 観慶寺薬師堂本尊 薬師如来像
そして明治・大正の時代、京の町を駆け巡った不思議な「走り坊さん」。
 
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その強靭な足腰にあやかるため、足腰健常の祈願に訪れる人も多いそうです。
堤講師は、当時「いまは町歩きが楽しい」とおっしゃって、仁王門通り界隈の寺院を巡ることになりました。
なかでも大蓮寺はお好きなお寺だったのでしょう。
当日はあいにく雨の天候でしたが、途中で雨宿りをするのもまた楽しく、みなさんと和気あいあいとお話されていました。
 
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      檀王法林寺に集合
 
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宝永の大火(1708年)で類焼した寺院群が移転したと伝わる。
お寺の比率は京都一とも。
新洞学区の寺院群は観光寺院ではないだけに堤先生の解説は貴重でした。
あの日がまだ昨日のことのようです。
 
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祇園祭によせて

今年の祇園祭は、神輿渡御も山鉾巡行もありませんが、祭の原点、疫病退散を願う気持ちは皆同じです。
八坂神社にお詣りしました。
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以前は毎年恒例のように、猛暑のなか、山鉾町を堤先生のご案内で巡りました。
午前と午後の二回、それぞれ40余名様をお連れして回っていました。
山鉾といいますとそんな思い出が一番に浮かびます。
ことし南観音山(新町通錦小路上ル)では、ご神体の楊柳観音像と脇侍の善財童子を、会所にて24日(金)まで公開されています。(拝観は午後1時~6時)
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      (観音座像 南観音山サイトより)
楊柳観音は病難救済を本願とする観音様だそうで、ことしのような年こそ疫病退散を願って参拝いただけるようにと公開されたそうです。
実際に観音像の前で拝しますと、なんという慈悲のお顔かと一瞬胸が詰まりました。
悲しみ、苦しみ、辛さ…もろもろの気持ちを汲み取って包み込んでくださるようなお顔。心安らかになれる、救われるとはこういうことかもしれません。
南北朝から室町時代頃に創られた観音様で、「頭胸部」は天明の大火の際に町衆が持ち出し、焼失を免れたと伝わります。
会所では、綴錦の「龍王渡海」見送や、修復を終えた大屋根に四神の天水引を掛けて展示されています。
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大屋根は圧巻の迫力! 四神を刺繍された水引を間近で見るのも初めてです。素晴らしいです。
山鉾町を歩きますと、思いがけず、町会所にご神体人形を飾っておられるところがありました。
月鉾の於莵麿(おとまろ)
函谷鉾の嘉多丸(かたまる)
通りからご神体の姿を見せていただけるのはうれしいですね。
また、京都文化博物館では「祇園祭」の展観が7月26日(日)まで開催されています。
懸装品や、欄縁などの飾金具、鉾頭など、巡行時にはその全貌を見られないものも展示されています。
いつもの祇園祭ではないけれど、今までになかった取組みがされていたりすること。
心からの願いが込められていると感じる町の風景です。