節分ご案内 報告

23日、節分案内を行いました。
雪が舞う底冷えの前日とはうってかわり、すっきり晴れて暖かい日になりました。

聖護院で集合し、まずは須賀神社へ。
この聖護院から吉田神社辺りにかけてはたくさんの人で賑わっています。
 CIMG2649_R.jpeg
須賀神社では今はもう有名になった烏帽子に水干姿の「懸想文(けそうぶみ)売り」
CIMG2641_R.JPG
梅の枝に懸想文を結んでいます。
 
本殿にお参りします。
右が須賀神社。左は交通神社です。
 
CIMG2576.JPG
須賀神社は、鳥羽上皇の中宮・美福門院得子の御願寺、歓喜光院の鎮守社として創祀され、
東天王社にたいして西天王社と称した歴史があり、須佐之男命、櫛稲田比売命が祀られています。
そして昭和39年に須賀神社から分祀し、創祀されたのが、左の交通神社。
久那斗神(くなどのかみ)、八衢比古神(やちまたひこのかみ)、八衢比売神(やちまたひめのかみ)の御祭神は道が八つにわかれる衢(ちまた)の神で交通の要衝を守るとされます。

堤先生に昨秋の講座で教わったとおり、今年は、『古事記』が成立して
1300年とのことから、この三座のお話をさせていただきました。

もともと当社は旧聖護院村の産土神(うぶすながみ)。
毎年510日に行われていた「角豆祭り(ささげまつり)」は、角豆に多くのさや豆が生まれるごとく子孫繁栄を願っての祭りでしたが、今は節分の「懸想文売り」にとってかわりました。

長い時間を経て、土地の産土神を祀る神社から、季節を司る祭りや、祭神を分祀し本来の祭神を祀る神社への移行には、現代に適った役目を負う決意が表れているといえます。


懸想文売りが覆面をしているわけを聴いたり、懸想文は鏡台や箪笥にしまっておくと美人になるとか良縁がくると聞きました…。
CIMG2645_R.JPG
数年前から売られているという須賀多餅もおいしそうです…。

CIMG2646_R.JPG

CIMG2722.jpeg
求肥にくるまれた柚子風味と梅風味
そしてこの木が角豆(ささげ)の木です。
 CIMG2575_R.JPG
さて須賀神社を出てお辰稲荷へ。
お辰稲荷神社は、江戸時代、東山天皇の女御・新崇賢門院(しんすうけんもんいん)の霊夢によって創祀された神社。
CIMG2647_R.JPG
宇賀御魂神(うかのみたまのかみ)、猿田彦神、天宇受売神を御祭神としています。
琴の上手なお辰狐を祀るといわれ、江戸庶民の信仰を集めたお社。

CIMG2588_R.JPG
 
さて、歩道橋を上り、丸太町通りをわたりました。
(誰かさんなら上れなかったでしょう。でも全然怖くないですよね!)



気持ちいいですね。前方は東山の山並み。右手の塀は平安神宮。
ちょうど、美福門院の歓喜光院があった辺りでしょうか。

丸太町通を南に折れ、岡崎道へ。

岡崎道西北の交差点には小沢蘆庵(江戸時代中期の歌人)旧宅で、また蒲生君平(江戸時代後期の儒学者。寛政の三奇人のひとり)の旧宅でもあった碑が建っています。
CIMG2591_R.JPG

岡崎道から平安神宮の塀に沿って西へ。
CIMG2594.JPG
向こう側中央に見えているのは京都市美術館。
手前のグラウンドは鳥羽天皇の御願寺、最勝寺の跡。そして美術館の辺りは鳥羽天皇中宮・待賢門院璋子の御願になる円勝寺があったところ。

平安時代末、この辺り一帯は、正確には北白河と呼ばれていました。
白川をはさんで南側は南白河と言ったのだそうです。
北白河は貴族が住み、六波羅を中心とした南白河は武士が住んだところであったそうです。
さて、平安神宮に着きました。
CIMG2600.JPG
ここで平安朝当時の「追儺式」が再現され、「大儺の儀」が執り行われます。

碧の瓦や社殿の朱色が鮮やかです。
 CIMG2605_R.JPG


いよいよ大儺の儀(だいなのぎ)が始まります。


東の方から上卿(しょうけい)・殿上人(でじょうびと)が童(わらわ)をしたがえて入場し、五位・七位の儺人(なびと)が続きます。
西の方からは、陰陽師(おんみょうじ)が6人の斎郎(さいろう)をひきいて入場しました。
CIMG2657_R.JPG
儀式をつかさどる陰陽師が独特の歩き方で版の前に進み、祭文(さいもん)を奏上。
 CIMG2667_R.JPG

文の途中で黄金4つ目の面をつけた大舎人(おおとねり)の方相氏(ほうそうし)がシンシ(子どもの所役)8人をひきいて入場。 

CIMG2688.jpeg

上卿が中央に進み、北東と北西に向かい桃の弓で葦の矢を射ます。
CIMG2676_R.JPG

殿上人が同様に桃の杖で、北東・南東・南西・北西と四方を撃ちます。

CIMG2678_R.JPG
方相氏は常人の倍の眼力で睨み、矛と盾を打ち鳴らし「鬼やらう」と発声しながら、斎場の周囲を3度廻ります。
CIMG2690_R.JPG
CIMG2693.JPG
後にはシンシと儺人(なびと)が「鬼やらう」と発声しながら続きます。
応天門でも同じ儀式が行われました。
 
つぎは鬼の舞です。

大蔵流、茂山社中扮する邪鬼たちが応天門より侵入してきました。


CIMG2695_R.JPG
境内をわが物顔で暴れます。
CIMG2698_R.JPG
CIMG2697_R.JPG
CIMG2704_R.JPG
大極殿まで占拠したようです。
ここで得意げに舞を舞っていますが…。
やがて市民代表の撒く打豆によって退散!


CIMG2708_R.JPG
そのあとは楽しい豆撒きが始まりました。
CIMG2710_R.JPG
みなさん、たくさんキャッチできたようです。
 
さて平安神宮を後にして─。
いつもは観光バスの駐車場ゆえ、バスに隠れてみなさんあまりご存じないですが…

京都守護職屋敷の門
にきました。

現在の京都府庁付近にあった京都守護職屋敷の門の一つを
明治32年(1899)前後に現在地の旧武徳殿前に移した立派な門です。
CIMG2618_R.JPG

CIMG2617_R.JPG
旧武道専門学校最後の校長であった鈴鹿野風呂の句碑
「風薫る左文右武の学舎跡」

旧武徳殿は、桓武天皇が武技を奨励するために東西に置いた武徳殿に由来しています。

CIMG2393_R.JPG
いまは北側に武道センターが建っています。

CIMG2638_R.JPG
ちなみに京都府庁の敷地内には幕末におかれた京都守護職屋敷跡の碑が建っています。


CIMG2628_R.JPG
CIMG2626_R.JPG
               京都府庁 上京区下立売通り釜座
疏水を西側にわたり、京漆器の老舗、象彦へ。

まずは代々伝わる雛人形や、それに付随する見事なミニチュアのお道具の数々を見学。豆粒ほどのお道具が実に精巧にできていました。

展示場では、漆の木地の薄さに驚いたり、塗りの種類を教えてもらったり、漆の意外な性質に耳を傾けました。日本古来のものですが、知らないことばかりです。
圧巻は蒔絵の筆の秘密でしたね! 

CIMG2721_R.JPG
あっというまに時間が過ぎ、節分案内は解散とさせていただきました。
節分を越えると、まだまだ寒さは厳しくとも一歩ずつ春に向かいます。


春にはまた皆様とご一緒に町を歩いてみたいと思います。

その折にはどうぞよろしく!
京都・清遊の会では皆様のご参加を心よりお待ちしております!
   

新春特別講座 報告

17日、堤講師の新春特別講座「続・堤流 京都の学び方」が開かれました。

たくさんの方にお越しいただきました。
満員御礼です!
ありがとうございました!
講座は、始まる前から今日はどんなお話が聴けるだろうという皆さんの期待でいっぱいに感じられました。

CIMG2350.jpeg
まずは昨年暮れにホームページ上で堤講師が出題された清遊クイズを、解答していただきました。

答えは次のとおりです。
神社編
①御辰稲荷神社、宗旦狐、相国寺
②車折神社、富岡鉄斎、冨田渓仙
③瀧尾神社、大丸百貨店、下村家
人物編
④辰野金吾、伊東忠太
⑤黒田辰秋、上賀茂民芸協団
⑥林屋辰三郎、女性史
みなさんのお答えはいかがでしたでしょうか?
堤講師の解説は、一枚の画像から話がどんどん広がります。
聴いているうちに、いつも講師がおっしゃっているように、知識が点から線へとつながり、線から面へと形を変えてゆく面白さを実感できました。
難解に思われた答えですが、丁寧な説明のおかげでなるほどと受け入れることができました。
そして、講師が実践してこられた京都理解の秘訣を伝授。

最後に、講師が日本宗教の三大巨人と考える、空海、道元、そして大本教の出口王仁三郎(でぐちおにざぶろう)の、
今、京都府亀岡市で開かれている展覧会「亀岡で生まれた美と歴史 出口王仁三郎一門展」を紹介されました。
CIMG2361.jpeg
「芸術は宗教の母」との思想を打ち出した出口王仁三郎の信念と、そして魂が震えるような素晴らしいその芸術について熱く語っていただきました。

堤講師はいつも新たな提案をしてくださいます。
そして講義を聴くたび新鮮な驚きがあります。
ただ伝えるだけではない何か。
講師の魅力はどこからきているのでしょう。
学問にたいする真摯で謙虚な姿勢。
そして自身が感動した事柄を私たちに率直に語ってくれること。

CIMG2359.jpeg
わくわくしながら京都を学ぶ、私たちもかくありたいと思います。
講座を終えて―
堤講師が「こんな歌ができました」と、教えてくれた歌があります。
こっそりご紹介します
(笑)
  
  新しき血の混じりたる宗教(おしえ)ほし
    空海
道元 王仁三(おにざ)はいづこ 
 
過去の歴史を語るのみならず、現在を見据え、そして未来への提言を発する堤講師に脱帽です。


堤先生へ
これから手術を受けられるとのことですが、
京都・清遊の会の皆さんとともに、一日も早くお元気になられるよう祈って、また先生の講義が聴ける日を首を長くして待っております!
素晴らしい講義をありがとうございました
!