清遊ブログ  古事記の切手 木華開耶媛からはじまる…

秋涼の候。 朝夕は涼しくとも日中のきびしい残暑には参ってしまいますね。
夏から秋への移りかわりはまだまだ行きつ戻りつしているよう。
そんな時季、芙蓉がふんわり花を咲かせています。
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先日切手を買いに郵便局に行ったときのこと。

「古事記編纂1300年」の記念切手が発売されているのを初めて知りました。
7月に発売されていたというのに。

 


ごらんください。
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上の二点は「木華開耶媛(コノハナサクヤヒメ)」、そして「火退(ほそけ)」。
明治から昭和にかけて京都画壇で活躍した堂本印象(どうもといんしょう)の画。

 

そして下の二点は「伝 素戔嗚尊(スサノオノミコト)」「伝 稲田姫命(イナダヒメノミコト)」。
島根の八重垣神社本殿の板戸絵に描かれた神像です。
まず
木華開耶媛(木花開耶姫)─

木華開耶媛はオオヤマツミの娘。桜の花にたとえられるように美しさとはかなさを象徴する姫神。


この姿を見てもおおどかな美しさが表れています。

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アマテラスオオミカミの孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)と結ばれ、ホデリノミコト、ホオリノミコト(山幸彦)、ホスセリノミコト(海幸彦・ホデリを海幸とする説もあります)など三神を生んだとされます。
ホオリノミコトの子がウガヤフキアへズノミコト。その子がカムヤマトイワレヒコノミコト、すなわち神武天皇。木華開耶媛は神武天皇へとつながる皇室の祖先神です!

富士山のご神体としても崇敬され、各地の浅間(せんげん)神社の総本宮である富士本宮浅間大社にお祀りされているのがこの神様。

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木華開耶媛と瓊瓊杵尊の出会いは九州、薩摩半島の笠沙(かささ)。

木華開耶媛は「古事記」ではその名を神阿多都比売(カムアタツヒメ)。この「アタ」から九州、隼人族の阿多隼人の居たところと知れます。


薩摩半島と大隅半島に囲まれたあの「桜島」が、木華開耶媛をあらわす「桜」に由来するという説もあるのです。 なるほど!

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天皇と富士山と桜……。これってもしかしたら日本そのものじゃ?? 
木華開耶媛のことは、じつは知れば知るほど惹きつけられてゆく、ものすごい歴史の深みがあるのですが、今日はこの阿多の出身ということまでにとどめておくことにして―。

おおらかで美しい「木華開耶媛」は堂本印象美術館の所蔵です。
堂本印象について─
京都に生まれ、大学卒業後しばらく西陣織の図案を描いたのちに日本画を志して京都市立絵画専門学校に入学、戦後は社会風俗画の名手として知られ、画塾東丘社を主宰しましたが、六十歳を過ぎてから突然抽象画の世界に遊び、その華麗な転身は人を驚かせました。
しかし晩年に至って仏画に還り、数々の見事な神話や仏の世界を描き上げました。


堂本印象美術館は、印象自らが建築のデザインを手がけた美術館です。内部の装飾や置かれた椅子までも印象のデザインになるものが多く見られます。

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昭和41年に衣笠の地に建てられた当時、その斬新な建築はたいへんな注目を集めました。


いまは衣笠山を望むロケーションにぴったり溶け込んでいます。

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静かに印象の作品を鑑賞するのに素晴らしい環境ですから、いつか清遊の会で皆さまをご案内したいと思います。
ぜひ「木華開耶媛」が展示される折りに見に行きたいですね! おおらかな美しさにきっと圧倒されることでしょう。
おおらかといえば、先日東京に参りましたときに、浅草寺に行きました。
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浅草寺本堂外陣の天井画が印象筆でした!
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天井中央が川端龍子(かわばたりゅうし)の「龍之図」。その左右に印象の「天人之図」。
首が痛くなるほど見上げてその華やかさに見とれました。昭和31年の作だそうです。

包み込んでくれるような鮮やかな色彩の天人の姿は「木華開耶媛」に通じるように感じます。

 


浅草寺の境内からはスカイツリーが見えましたので日本の新しいシンボルとして、スカイツリーもこのブログに仲間入りさせておきましょう(笑)。

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下の二点は、スカイツリーに上って撮られた写真“スカイツリーと富士山と夕日”
A Tさんが投稿してくださいました。 壮観ですね!
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火退(ほそけ)は景行天皇の御子、ヤマトタケルノミコト(倭建命)を描いたもの。
宮内庁三の丸尚蔵館の所蔵。

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ヤマトタケルノミコトは、父の命令で九州の熊襲を滅ぼしたのち、休む間もなく再び東国に遠征します。
その途中、焼津を訪れた際に、土地の豪族にだまされて野原に誘い出され周りから火を着けられます。困ったときに開けるよう叔母のヤマトヒメからもらった袋を開け、入っていた火打石を使い、とっさの判断で周囲の草をなぎ払い、「向かい火」を着けて難を逃れたと伝えられています。
その時に用いた剣が有名な草薙剣(くさなぎのつるぎ)なのでした。

雄々しい姿。日本神話の英雄ですね! 生き生きした姿で描かれています。

このヤマトタケルノミコトの子が仲哀天皇なのですね。奥さんは神功皇后。子は応神天皇。頭の中で神様がだんだんつながってきました。

 

そして「伝素戔嗚尊(すさのをのみこと)」「伝稲田姫命(いなだひめのみこと)」。
先日、京都国立博物館の「大出雲展」でお目にかかったばかりです。

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板戸絵にこんなに彩色が残っているなんてびっくりでした。室町時代と伝わり、この二神を描いたものとしては最古と言われているそうです。

切手でまた再会できたなんて…感激です!

頬にさした紅がなんともいえずいいですね。心なしかラブラブな感じが垣間見えたりして。

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大出雲展では古代の出雲大社復元模型が展示されていました。
階段の上方に点のような人形がみえるでしょうか。 巨大な神殿。
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出雲大社境内から出土の宇豆柱(うづばしら)。3本一組で神殿の1本の柱であったもの。
ガラスに神殿の階段が写ってしまって、見づらくてすみません。


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約1か月半にわたり開催された「大出雲展」。
10月からは東京国立博物館で「出雲展」が開催されます。

こちらは観覧料一般800円。京博では1300円だったのですよ!

大出雲展を見る幾日か前には、京都造形芸大の春秋座にて「隠岐(おき)神楽と石見(いわみ)神楽」を見る機会がありました。

石見神楽「八岐大蛇(やまたのおろち)」はスサノヲによる大蛇退治の話です。

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足名椎(あしなづち)と手名椎(てなづち)、そしてその娘の稲田姫を救うため、スサノヲは激闘の末、大蛇を討ち果たします。スサノヲが一頭一頭斬りかかり倒すわ、大蛇は火炎を吐くし、もう大迫力!

石見神楽の大蛇は、蛇腹ならぬ「蛇胴(じゃどう)」と呼ばれる、竹の輪に石州半紙を貼って作られるもの。この伸縮自在の「蛇胴」を巧みに繰って大蛇がとぐろを巻き、動きまわるのが最大の魅力です。
スサノヲが最後の一頭を無事倒し、大蛇の尾から得たのが天の叢雲の剣(あめのむらくものつるぎ)。
そして二人は目出度く結ばれます。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を」

あこがれの出雲! この舞台となったかの地をぜひ訪れてみたい…。

記念切手を掌中にして出雲熱は再びよみがえってしまったのです。


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        季節はちがえど、やはり桜は日本人の心のふるさと。

 

清遊ブログ  重陽のころ 琥珀の菓子など

九月に入り、あざやかな百日紅ばかりが目立っていた町中にもようやく萩の花など咲き始めました。
秋の到来が待たれる頃。

七日は暦では白露。九日は重陽(ちょうよう)。そして十日は二百二十日。稲の開花期ゆえ台風に警戒する頃だそうです。

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  こんな案山子に会いました! 広沢の池近くで。


ただ暦ではすっかり秋でも、九月の京都ときたら! 今日も予想気温は35℃となっていました。

このような時季、遠方の友人に持参するのに、はて、お菓子はなににしようかと迷いました。いただきたいお菓子、差し上げたいお菓子は何でしょう?


夏の棹物はもはや晩夏の気分にそぐわず、お饅頭や羊羹を味わうにはまだ早すぎます。
思いついた、というより思い出したのは「琥珀(こはく)」のお菓子。


早速、永楽屋さんへ向かいました。


本店は四条河原町の目印ともなるくらいですので皆さまよくご存じと思います。

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永楽屋さんといえば、「一と口椎茸」の佃煮で有名ですが、辛いものと甘いものの両方を製造販売しているお店としても知られています。


今日は、室町通り蛸薬師にある室町店のほうへ伺いました。

こちらも大きなお店です。広い間口のひんやりした店内へ。

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ありました!(笑) 

琥珀のお菓子がいろいろ。「柚子(ゆず)」に「橙(だいだい)」。それから「重陽」も。
琥珀は、寒天を使った錦玉(きんぎょく)をクチナシや和三盆で琥珀色に染めたものをいうことが多いのですが、永楽屋さんの「琥珀」といえば、寒天と砂糖でつくられたお菓子のことをいいます。
これこれ。以前はこの「柚子」をよく手土産にしていました。

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柚子の皮が入っているのが透けてごらんいただけるでしょうか。
柚子は、こだわりの徳島県木頭(きとう)村の柚子。


一口噛むと、外のコーティングされた砂糖がパリンと割れて、中のやわらかな寒天と柚子とが口の中で溶け合います。
柚子のさわやかなほろ苦さ、やさしい甘味は暑さ疲れの体をいたわってくれるようです。

暑い時分には先に少し冷やしてからいただくと、よりさわやか。
それにこの宝石のようなお菓子のかわいらしさにも和みます。

「柚子」や「橙」のこの一番小さい12個入りは手のひらサイズ。

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お菓子そのものはもちろん、包装にいたるまで上品。
きっちり入っていますから持ち運びにとてもいいのです。

ほかに「柚子」に粉糖を掛けた「柚子こゞり」もあり、これは抹茶に合いそうでした。
下の「橙」はグレープフルーツ。ほろ苦さのほうが勝ります。
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「重陽」は抹茶、小豆、紫蘇の三種。

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菊花をかたどり、気品が感じられるお菓子。それぞれの風味が主張しすぎない控えめな味。

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まだ蒸し暑い京の時候にぴったりの半生菓子ですが、他にも「栗」が、さらに秋になると、林檎風味の「紅玉」もできる由。紅玉なら甘酸っぱい味なのでしょうか。

室町店の齋田さんにお話をうかがってみると、「琥珀」は、製造過程でひびが入ることなどが多く、商品として完成、販売にいたるまでに非常にご苦労されたそうです。
なるほど、まさに完成されたお菓子だと感じる所以です。
室町通りは車の往来もひっきりなしですが、一足踏み入れるとほっこりして、落ち着いた佇まいのお店でした。

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重陽のことをすこし─
重陽とは最も大きい陽の数が重なる日。すなわち陽の気が極まり強すぎて人に厄をもたらすため、災いを払う日として節句とされたといいます。
重陽の節句は宮中の年中行事(ねんじゅうぎょうじ)で、前日から菊に真綿を被せ、菊の香りと露を綿に移す「菊の着せ綿」が行われました。
菊の節句に邪気を払い、長寿を願って菊酒を飲み、菊を飾ったのですね。


現在、上賀茂神社では重陽の日、古式にのっとり、烏相撲が行われています。

上賀茂神社の御祭神は賀茂別雷大神(カモワケイカヅチノオオカミ)。
その昔、カモの神様が八咫烏(やたがらす)の姿となって神武天皇の東征を助けたとのいわれから、カモ社は烏と深いつながりを持って知られます。
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禰宜方(ねぎかた)が「かあかあ」と鳴き、祝方(ほうりかた)は「こうこう」と鳴き…こうした烏神事のあとに相撲童子の取り組みが始まります。


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相撲は子供たちが一生懸命で、見ている方も応援したくなるほど。
見物客も大勢で、勝ち負けが決まるごとにおおきな歓声があがります。


相撲の歴史をひもときますと─

建御雷神(タケミカヅチノカミ)と、父・大国主命の国譲りに異を唱えた建御名方神(タケミナカタノカミ)が対決した神々の相撲。建御雷神の圧勝で、負けた建御名方神は諏訪まで逃れ、諏訪大社に祀られたという話。


また野見宿禰(ノミノスクネ)と當麻蹶速(タイマノケハヤ)の人間同士の相撲も知られています。野見宿禰が勝ち、當麻蹶速を蹴殺(しゅうさつ)したと伝わります。前後のお話は堤先生から折に触れて講座でお聴きになったことと思います。

奈良・平安時代には「相撲節会(すまいのせちえ)」としての宮中の年中行事があり、力を奉納する神事でした。
さて、豆力士の取り組みが済むと、菊酒の振舞いがあります。

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美しい菊酒ですね。でも一杯だけです(笑)。

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さて、上賀茂神社を出て、賀茂川を向かいへ渡り、少し北に行きますと西賀茂になりますが、「霜月(そうげつ)」さんがあります。
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今の時季に作られている「琥珀」は二種。


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赤紫蘇を混ぜ込み、上に花紫蘇をあしらった「花紫蘇(はなしそ)」

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「柚子蓼(ゆずたで)」はまだ青い柚子を混ぜ込み、蓼をのせて天然塩をかけてあります。
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どちらもユニークな意匠で、どんな器に盛ろうかなど愉しみたくなります。
霜月さんは家族で営んでおられ、手作り感のあるお店でした。

来月はまた時季にかなった「琥珀」が登場するようです。

あと幾日で九月も中旬。夜になると虫の声も聞えてきます。
じきにお彼岸、名月…。また秋が一足近づいてくることでしょう。
それではまた。
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           妙顕寺の秋明菊(2011年秋)